[福岡編 I]伝播してゆく「想い」

REPORTFDC,医療ICT,医療IT,福岡,福岡地域戦略推進協議会,風は、西から吹く

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「福岡は、プロジェクトがやりやすいんですよ」

前回取材で印象に残ったこの言葉は、まだ私の中を巡っていた。この言葉をもたらした福岡の「空気」を醸し出す要因を少しでも理解したい。それがイノベーションに必要なものを明らかにする作業ではないかと考えながら、次の取材先へと向かう。

福岡市は2014年4月より、国家戦略特区の「グローバル創業・雇用創出特区」に選ばれ、それに基づき様々な分野で地域振興に資する制度や施策が実施されている。これまでに大小様々、100を越えるプロジェクトが推進されているが、その中でも注目されているのがスタートアップ支援、特に実証実験への支援だ。

『福岡市実証実験フルサポート事業』Webサイト

「福岡市実証実験フルサポート事業」と名付けられたこの取り組みは、募集テーマを「防災・減災・健康・医療・福祉」として2016年9月より応募企業の募集を開始。11月10日のピッチコンテストを経て、6社を採択した。医療・福祉分野で社会実験の機会を提供すること自体が、現在の日本では少ないだけに発表当初より注目を浴び、実際に福岡市外からの応募も多数あったようだ。主催・運営を福岡市と共同で行なう「福岡地域戦略推進協議会」を訪れ、この事業の狙いと現在の状況についてお話を伺った。

期間や回数にこだわらない実証実験とは?

ー本日は宜しくお願いします。実証実験フルサポート事業の現在までの経緯を教えてください。

原口唯マネージャー(以下、原口氏)
エントリーは44件ありまして、1次選考で10社に絞らせていただき、最終的には5件、プラスFDC賞として1社採択させていただきました。健康・医療・福祉分野では3つで、排泄予知デバイス『D FREE』を開発しているトリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社、トイレでの尿の生化学分析を行なえる後付けデバイスを開発したサイマックス株式会社、大腸がん検診啓発目的のスマートフォンゲーム「うんコレ」を運用している石井洋介さん(日本うんこ学会)の3者です。
※FDC…福岡地域戦略推進協議会(Fukuoka Directive Council)の略

 

ー現在は実証実験に向けて関係各所と調整段階だと思いますが、具体的には。

原口氏 まさに、いま進行中です。採択企業の希望、具体的には参加者の数の希望など聞いて、FDCの会員企業の中で適した組織や自治体に協力を要請したり、こちらから提案することもあります。
実はそのあたりは採択前の1次選考段階から、実験に向けたお話だけでなく、メンタリングとして色々させていただいてますよ。「そういうスキームなら、対象はもうちょっと広くしておいたほうがいいですね」とか。

ー採択前からメンタリングを行なっているんですか。

石丸修平事務局長(以下、石丸氏) FDCとしては、福岡のまちづくりや成長戦略に資すると思えるなら、対象や期間を区切らず企業様をサポートします。もちろん「福岡市実証実験フルサポート事業」としての期間や助成はしっかりやるのですが、それに留まらないですよということです。

ーそれは応募してきた企業にとっては素晴らしいですね。残念だったね、で終わらないという。

石丸氏 そうです。福岡にとっていいと思えるものなら、地元企業にはこだわらずフォローしていきますよ。FDC独自の判断でお付き合いを続けていく、ということもありますね。

ー実証実験についてですが、そういった視点という意味で言えば、実験の期間や対象人数についても、融通が利くというか決まりきった感じにはならないと?

原口氏 長い期間、たとえば1年以上必要なら調整しますし、対象人数や回数もそうです。場合に応じて調整しますよ。

石丸氏 事業としての期間はもちろんあるんですが、あくまでよい成果を得るためのものですから、そのへんは柔軟にやります。私たちの存在意義でもありますが、福岡地域のためになることなら、組織や形式にはこだわらないんです。「この商品の試験に協力してください」ではなく「この商品は福岡の、例えば健康づくりのためになるから協力してください」という視点ですし、FDCに参加する各組織も、自治体も含めそれにコミットしてくださっています。

地域のために、地域にこだわらなくやる

 ここまでのお話を、私自身の取材経験を思い出しながら聞いていた。実証実験の場を提供する「プラットフォーム」は日本においては、医療介護、ヘルスケアに限らずともめぼしいものはほとんど見られないが、FDCという組織が提供しようとしているものは、かなり広汎かつ柔軟であるようだ。

ーお話をお聞きしていて、実証実験のプラットフォームとしてかなり先駆的だという印象を持ちました。改めてこちらを主催運営するFDC、福岡地域戦略推進協議会について教えてください。

石丸氏 福岡地域戦略推進協議会(FDC)は、福岡市と周辺地域9市8町の産官学民が一体となって地域振興や持続可能なまちづくりを目指す組織です。座組として、自治体や経済団体、国の出先機関も含め、有力なプレイヤーがすべて入っていますので、いわゆる業界団体といった趣ではなく、実際に地域が連なり行政の壁を越え、民の知恵を取り入れながら政策のあり方の検討も含め、一緒に実際にまちづくりを担います。様々な分野で理念や事業構想からやっていますが、生活関連も当然あり、そこに福祉やヘルスケアも入っています。

ーなるほど、福岡のまちづくり全般の取り組みの中に今回の事業も入っているということですね。

石丸氏 そうです、単体で見るのではなく生活環境やまちのあり方という視点の中で見ていくと。例えばですが、FDCの中で「健康的なまちづくりをしよう」というテーマがあったとすれば、FDC内ではこんな動き方をします。

 まず協議会の中で検討して「歩きやすいまち」とコンセプトを決める。それに従って、次はハードの観点で「歩きやすい都市開発」を考えるし、ソフト面では「歩きたくなるコンテンツ」を考えていくわけです。そのあたりまでくると民間企業が事業として担える部分が出てくるので、彼らが担う事業のフィジビリティ・スタディもして、支援する。

 そうしたフローで動いて合弁事業になったケースもありますが、事業を担った企業が利益を出せて、結果地域課題が解決できるならいちばんいいわけで、私たちはそのお膳立てをしていきますよということなんです。そのツールとして、社会実験の場を提供してビジネスの創出機会をつくりつつ、市民ニーズにも沿っていくことは非常に重要と考えています。そこで福岡市と共同でこのフルサポート事業を始めた、ということなんですね。

 その意味で言うと、国家戦略特区については、実は私たちが福岡市と共同で申請したという経緯もあります。地域課題の解決を担ってくれる企業をサポートする私たちの目的と、事業をしづらい規制を取り払っていこうという特区の目的は非常にマッチするので、福岡市と一緒に動いて取りました。今後、フルサポート事業に参加した企業が行なうビジネスで規制緩和に関する課題が出てくれば、それもこのスキームの一環としてやっていけます。

ーまちづくり、地域課題解決のために民間企業の力を取り入れていくと。そのキーワード自体は昔から出ているものですが、FDC、または福岡の特徴、強みと考えているポイントはありますか。

石丸氏 私たちは産でも官でも学でもなく、地域を良くするためにできることを何でもやるという立ち位置なので、いい意味で縛られていません。地域のためにいいと思えば大きなビル建ててもいいじゃないですかと言えますし、もっと言えば地元企業にこだわらず、場合によっては外国企業も呼んでくる場合もあります。

 地域振興を狭くとらえると「地域企業振興」になりがちなんですが、そうすると成長限界が低くなる可能性がある。私たちは、地域のためにやりたいことを最大限でできるプレイヤーを、地域にこだわらず連れて来て、そのかわり必ず福岡にビジネスを生み出してくださいね、と強くコミットを求めます。短期的には困る地元企業も出てくるかも知れませんが、競争力のある地域外の企業が入ってくれば、いずれ地元の企業もブラッシュアップされて引き上げられていくと考えています。

ー外から見れば、福岡なら入っていきやすいしサポートもしてくれる、社会実験もやりやすいと思ってもらえそうですね。

石丸氏 最初は本当に地元企業だけが会員でしたが、最近は在京企業も多くなってきました。社会実験の取り組みをはじめ、評価していただけているのだと感じています。
 今後はもっと取り組みのスピードを上げ、「この場所福岡でまずはビジネスを創出し、もっと大きな市場へ還流させていく」という日本で一番最初のスキームをつくりたいんです。そのための、アクセラレートできる人材、実際にメンタリングができる人間を事務局に常勤で揃えています。例えば今回のフルサポート事業をオーガナイズしている原口はソーシャル、例えばNPOのファンドレイジングの知見が豊富な人間ですし、他にも土地開発、ヘルスケア、人材開発、経営、金融に長けた人間など20人います。

ー常勤でそれだけいらっしゃるというのはすごいですね。さきほど、実証実験サポート企業に採択されなくてもサポートする場合も、期間を定めず柔軟に支援できる場合もあると仰っていましたが、リソースを揃えているからなんですね。

ー石丸氏 そうなんです。実証実験をここでやりたいというご相談も本当に多くなってきています。近々、大きなニュースがあると思いますよ。

 「自分たちは誰でもなく、アメーバみたいな存在。どこにでも入っていく」と自嘲気味に語っていた石丸氏だが、地域を良くしたいという想いの強さを言葉のそこかしこに感じることができた。もしかすると、まちづくりを仕掛ける側のこうした強い想いが、福岡の「空気」に伝播しているのかもしれない。

そしてこの記事を公開しようとしていたタイミングで、石丸氏の「予言」の内容が明らかになった。

日本初、福岡でブロックチェーン技術活用の実証事業開始 | Med IT Tech

地域を良くしたいという強い想いが、九州にまた「日本初」の事例を生み出し、イノベーションはさらに加速してゆく。

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