[鹿児島編]ロケットのまちが打ち上げる未来

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プロローグ
福岡編[I]
福岡・佐賀編[II]
福岡編[III]
佐賀編[I]
佐賀編[II]
佐賀編[III]
宮崎編
鹿児島編

 鹿児島には桜島、種子島といった様々な名所があるが、そのひとつがJAXAの内之浦宇宙空間観測所だろう。打ち上げ施設もあるこの施設のお膝元、肝付町には年間を通して多くの観光客が訪れ、「ロケットのまち 肝付」の名称もおなじみ。しかし2005年に旧高山町と内之浦町の合併で誕生した肝付町は、308k㎡という広大な面積の中に15,934人(2017年6月30日現在)が市街地以外の小さな集落に点在する、高度に進行した過疎のまちでもある。限界集落も30以上あり、南部には高齢化率90%、100%の集落も存在する。

上出典:統計メモ帳(httpss://ecitizen.jp/Population/CityPyramid/46492)
下出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ (https://www.ipss.go.jp/)

 全体の人口構造としても典型的な少子高齢化の様相を呈しており、奇しくも2010年の人口ピラミッドは、2060年の日本全体のそれと酷似している。少子高齢化が極まった後の50年後の日本の姿を先取りしているとなれば、通常であれば相当深刻な状況だと捉え、未来を明るく考えることは難しい。

 しかしいま、肝付町はこの状況こそを強みにするべく、ある事業を進めている。それが「共創のまち・肝付プロジェクト」だ。50年後の日本全体を肝付がいま体現しているなら、それは言ってみれば「50年後のマーケティングが、肝付で今直ぐできる」ということでもある。まさに逆転の発想で、町を商品開発、特にIT機器のテストフィールドとして提供することで、企業を呼び込みまちづくりの起爆剤とする、いわゆる「リビングラボ」を取り入れたのだ。北欧から始まったこの新しいまちづくりの手法は、日本でもいくつかの都市が取り組みを始めつつあるが、肝付町は既にいくつかの事業を実施、PDCAサイクルを機能させ始めている。

テレビ電話、ロボット、そしてIoT

肝付町役場企画調整課 能勢佳子氏

 肝付町がIT機器を活用するきっかけとなったのが、東日本大震災だ。発災直後、肝付町が属する鹿児島東部にも津波警報が出され、保健師として各集落を見守る立場であった肝付町役場福祉課(当時)の能勢佳子氏は、ある限界集落の住人ひとりひとりに電話で避難を奨めた。が、集落全員に電話し終わるのが、津波到着予測時刻までかかってしまったという。もちろんテレビで情報は流れていたが、電話してみると、避難が必要だということがあまり伝わっていなかったのだ。このとき能勢氏は「受け取る側が分からない言葉は情報ではない、見知った人が分かる言葉で伝えなければならない」と痛感、点在する住民に対し共助の仕組みを維持することの限界に直面した。

 転機はそのすぐ後にやってきた。2011年6月、肝付町は国の交付金を活用し、全長306kmにおよぶ光ファイバー網「はやぶさネット」の整備を完了させた。この回線網の具体的な活用策を町内で検討する中で、能勢氏はテレビ電話の導入を提案する。集落が広い範囲で点在する肝付で「顔が見える関係」を維持するためには、こうしたIT機器が不可欠だと判断したのだ。

導入されているテレビ電話(提供:肝付町)

 ただし能勢氏は、ハードウェアを導入することで終わりとはしなかった。あくまで受け取る側、使う側が分かりやすく、使いたくなる機会、ユーザーインターフェイスまで作り込むことが必要と考え、集落の高齢者に向けたコンテンツ作りを行なった。具体的には、毎日の状況確認ができるものとして「おはようタッチ」ボタンをテレビ電話画面に設置。高齢者が押下すればメールが役場に飛ぶようにし、押した時間等の状況が分かるようにした。そしてそれらの情報を踏まえて訪問時に声掛けをすることで、テレビ電話を通じて繋がっていることが実感できるようにしたのである。また、毎日10時、15時に介護予防ビデオ体操をテレビ電話を通し実施。出演するトレーナー役は、実際に地域へボランティアに向かったことのある人物に演じてもらった。「解決できるツールにはなじみが必要で、なじんでもらうには、共に過ごす時間が必要」と考えた能勢氏のアイデアは、狙い通りに効果を発揮。本当にテレビ電話に「なじんだ」高齢者同士が自ら連絡し合い、雑談を通じて自律的に見守り合いをするまでになったのだ。能勢氏はこのとき、ITの力はこういうことなのかと実感したという。

肝付町役場企画調整課情報政策係 中窪悟氏

 そしてこの成功体験とある出会いが、肝付町の動きを加速させていく。テレビ電話導入の基礎となった「はやぶさネット」の整備事業を取り仕切ったのが、企画調整課情報政策係の中窪悟氏。過疎のまちの情報格差をまず解消しようと、自らブロードバンド整備を企画した中窪氏には、インフラとして整備した回線網の活用で、まちの課題を解決したいという思いがあった。そんな中、彼が属する企画調整課に2014年、福祉課との兼務で能勢氏が異動。偶然にも席が向かい合わせになったのだ。ITによる課題解決を考える中窪氏と、保健師としてITの力を実感した能勢氏はすぐに意気投合。ITで過疎のまちの課題解決を加速させる「共創のまち」のコンセプトを固めていく。

キックオフイベントの様子。ロボットの有効性がすぐに実証された事業ではなかったが、コミュニケーションロボットの可能性を十分に感じさせる、高齢者の意識変容が見られた(提供:肝付町)

 その最初のプロジェクトとして実施されたのが、町内の介護施設にコミュニケーションロボットを訪問させる「くらしのロボット共創プロジェクト」。コミュニケーションロボット「Pepper」の開発者を対象に、まず東京でアイデアソンを行い、そこで開発されたものを町内の介護施設で実証する手法は大きな話題を呼んだ。このプロジェクトの成功を弾みに次に企画されたのが、認知症による徘徊者の捜索に、IT技術、機器を取り入れる実証事業だ。

 

いまそこにある課題を

 高齢化率の高い限界集落を多数抱える肝付町には、認知症の方の見守りについて喫緊の課題が横たわっていた。徘徊者の捜索である。兼ねてより、町の有志で徘徊者捜索の模擬訓練を行なうなど町ぐるみでの対策を進めていたが、2016年には3名の徘徊による行方不明事案が発生し、1名は死亡、1名は行方不明のままという事態が起きてしまった。今後も高齢化率の高まり、独居老人の増加が予想されるなか、この事態は今までの捜索方法の見直しを検討させるに十分だった。2016年に入り「共創のまち肝付・プロジェクト」の一環として取り組むこととし、トライアルに参加する企業を公募。LiveRidgeのGPSを利用した見守り装置、エー・ジェー・シーのハイビーコンを利用した見守り装置をそれぞれ用い、2016年12月、IT機器を徘徊者捜索の手段として検証する初めてのトライアルが実施された。

12月の実証実験の様子(提供:肝付町)

初めてのトライアルでは、新富地区内の5地点に1名ずつ徘徊者役を配置。LiveRidge、エー・ジェー・シーそれぞれの機器と、発信器からの位置情報を閲覧できるアプリを使い、それらを見ながら捜索する流れで訓練が行なわれた。訓練開始から30分程度で2名発見という順調な経過だったが、残念ながらその後通信障害が発生、残り3名の捜索は行なわず中止となった。通信障害も含め課題の残る結果となったが、後日行なわれた報告会では、IT機器の可能性を実感した参加者の声が多く出され、今回の結果をもって改善点を洗い出した上で、再度実証を行なうことが決定。3月25日に2度目の実証実験が、何点かの変更を伴い実施された。

 

「ITのための実験」ではなく「課題解決のための実験」

 1回目の実証を踏まえ、変更があったのは大きく3点。1つめは通信環境の整備、安定性の確保だ。1回目のような通信障害のない安定した無線通信環境を確保しようと、LiveRidgeの提案もあり『LoRaWAN(ローラワン)』※1の受診基地局(ゲートウェイ)を事前に設置。免許不要のサブギガと呼ばれる帯域920MHzを使用するLPWA通信規格は、少ない電力でも送信距離が比較的長いという特徴を持ち、リッチに通信を行なわないかわりに安定性、持続性が求められるIoT機器向けの通信規格と注目されている。実は前回もこの規格を使った受信機/送信機間の通信を行なっていたが、今回可用性を高めるために基地局も投入したのだ。

地域の民俗資料館に設置されたLoRaWANゲートウェイ

※1 LoRaWAN(ローラワン)

免許が不要な1GHz以下の電波帯域(日本では920MHz帯)を使った通信規格のひとつ。この帯域を使用する通信規格を総称してLPWA(Low Power Wide Area)と呼ぶ。文字通り他の電波帯域を使う通信と比べ通信機器が低電力で済み、かつ電波の通りが良い(理論上は数十km飛ぶとも言われる)。日本で実用化されているLPWA規格には、SIGFOXとLoRaWANの2つがある。

 

 2つめは捜索範囲を広めにしたこと。前回は初トライアルということで密集させたかたちで5人の徘徊者役を配置したが、今回は基地局を投入することもあり、同じ人数ながらより広い範囲に徘徊者役を分散させ、実証実験としての精度を高めた。

 3つめは、本来の模擬訓練の目的である地元住民への捜索活動への意識啓発と、IT機器、こうした実証実験への理解を促進してもらうために実施規模を拡大したことだ。前回は捜索役を含め関係者のみだったが、今回は住民を巻き込んだウォーキングイベントの一環として組込んだ。IT機器を使って写真を撮りながらウォーキングする企画とともに、「迷い人を探せ」と題し、捜索者役を事前に募るかたちをとった。結局当日はイベント全体で160人が参加することになり、「迷い人(徘徊役)」1人あたり、希望した人を5人ずつ振り分け5チームを編成するという、前回よりかなり規模の大きな実証実験となった。

休日の朝から始まったイベントは、出発前にインストラクターによるユーモア溢れる準備体操が入ったり、会場内に健康啓発機器の体験コーナーや、有志の炊き出しが無料で提供されるなど、まさにイベントそのものの構成。楽しく参加する中でIT機器に触れてもらい、徘徊者捜索も含め効果を実感しながら「なじんで」もらいたいという狙いが感じられた。

準備体操終了後、捜索チームが「迷い人」の捜索に向けそれぞれ出発。迷い人が身につけているGPS発信器の情報をアプリで確認しながら捜索し、最短で8分、最長でも65分で全員を発見するという好結果が出た。ゲートウェイを設置した効果が出たのか最後まで通信も安定、場所によっては受信エリアが10km近く確保されていたという。人力だけで捜索するより、遥かに時間短縮できる可能性を明確に示した。

運営に協力した警察関係者も、経過を見ながら「進歩している実感はあった。今後も協力したい」と語る結果に

 ただ、この実証実験を実際に取材し印象に残ったのは、運営、参加者ともに「IT機器を使ってみて効果を確認する」という意識に留まっていなかったことだ。もちろんそれが目的のひとつではあるが、あくまで「認知症になっても安心して暮らせるまち」を実現するための徘徊者の捜索訓練であり、認知症の方にどのように接していくべきなのか、学び合っていこうという姿勢が通底していた。それを実感したのが、ある徘徊者役の迫真の演技だった。

迫真の演技は、捜索者に認知症の方への応対について考えさせる

 アプリを通じ素早く「それらしき人」を発見できても、その人が本当に徘徊者なのかは、服装の様子を見たり実際に会話して受け答えの様子を確認しなければならない。捜索の目的は発見することではなく、穏やかに自宅に戻ってもらうこと、導くことだからだ。それを学ぶにはロールプレイングが必要だが、この徘徊者役の方は、服装の乱れを再現するだけでなく、誰であるかを特定できるような質問にものらりくらりとかわして答えるなど、認知症の方の特徴を的確に、しかもユーモアをもって演じてみせた。

 単に機器の評価をするのではなく、地域の取り組みの中にしっかりと使用シーンを落とし込んで、その中で検証していく。そしてそれを1回で終わらせることなく、改善点をフィードバックし、反映し、またトライする。イベントの最後は、反省会として運営関係者が片付けを終えた会場内で円になり、その場でひとりずつ順番に、それぞれの立場から感想と今後の課題を語っていった。

 その姿が示していたのは、単に新しいことを取り入れ地域を活性化したいということではなく、地域のため、自分のまちのため、この課題を解決し変革へ繋げるんだという、関係者全員の気概のようなものだった。

そして実際にこのプロジェクトに参加し、商品開発へのフィードバックの機会を得たLiveRidgeは、その体験を活かし他都市での展開に繋げた。藤枝市が公募していたIoT関連の実証実験に相次いで採択されたのだ。

[参考:外部リンク]藤枝市 IoT(LPWA)プラットフォームを活用した実証実験に採択

[参考:外部リンク]公共テーマ型のIoT(LPWA)プラットフォームを活用した実証実験に採択

 北欧発祥で世界に広がりつつあるリビングラボはいずれも、しっかりと地域課題解決にフォーカスし、そこからブレずに成果を地域に還元し続け結果を出してきた。その地域課題が「50年後の日本全体」と繋がっている肝付町が見せる「共創のまち肝付・プロジェクト」の姿は、数年後、全国で展開されているであろう各地のリビングラボの未来をも、先取りしているのかもしれない。

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