[ 佐賀編 III ]「電話再診ではない」価値創造の挑戦

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「遠隔」だからこその価値。その探究は、数年前から始まっていた

医師に電話で相談できる、オンラインで診察してもらえるという、いわゆる「遠隔診療」をうたう民間企業のサービスが起ち上がり始めたのが2016年。その背景には、厚労省が2015年8月10日に出した事務連絡をもって「事実上の解禁」と各媒体が報じたからだった。しかし、ここで言及されている「遠隔診療」は、ほとんどの場合において、すでに保険収載されている「電話再診」のことであり、有り体に言ってしまえば「電話かテレビ電話で診察する」だけのことである。ICTの利点を活かした疾病管理、いわゆるモニタリングへの貢献ができる技術開発やその評価という、しかるべきプロセスは未だ道半ばだ。

そのような状況の中、先日2017年4月14日の未来投資会議で、事実上平成30年度(2018年度)診療報酬改定における遠隔診療への評価が明確にされた(既報)。その目的は安倍首相が会議で語ったように、対面診察以外の場面でのモニタリングの質を高め、効率的な医療を実現することにある。対面診察時でしか確かめられなかったことをICTの力で克服する仕組みが構築されれば、しっかりと評価する姿勢を示したと言えよう。今後の遠隔診療サービスは、単にオンラインで診察できるということではなく、具体的にどのような技術、サービスの設計で疾病管理、モニタリングの質を高められるかという段階に入ったのだ。

実は、そうした対面診察以外でのモニタリングの質を高められるか検証する研究が、佐賀大学を中心に長年取り組まれているのをご存知だろうか。急性期治療を終え退院した慢性心不全患者のバイタル等を、リアルタイムでサーバへ送信できる機能を備えたIoT機器を活用する遠隔モニタリングの研究だ。2012-2013年は「HOMES-HF」研究と呼ばれ、厚労省の長寿科学研究事業として全国24施設が参加し、最終的に200例弱の症例が登録された。そして2017年1月からは佐賀県の助成を受け、新たに「S-HOMES」研究と名付けられた研究がスタートした。

この研究では佐賀県内の入院歴がある20歳以上の心不全患者を対象とし、患者宅に計測値をリアルタイムで送信できる体重計、血圧計を設置。毎日計測してもらい、異常の兆候が見られれば適宜指導や受診勧奨を行なう。佐賀大学医学部附属病院の他に8機関が参加、60症例を目標に症例を集める。 現状、年間に慢性心不全患者の約3割が増悪で再入院しているが ※、適宜、リアルタイムに各数値、生活状況をモニタリングして介入できれば、その原因となる患者の各種のアドヒアランスを向上でき、再入院を防げるのではという目論みがある。 心不全という重篤な事態になりやすい疾患のイメージに対して、この研究がモニタリングの指標として使うのは体重、血圧、脈拍、服薬データとシンプルなもの。極めて効率的な遠隔モニタリングのモデル誕生の予感を感じ、取材させていただくことにした。

※ 2009年の佐賀大学医学部附属病院における患者への調査

医療者の「勘」を見える化する

佐賀大学医学部 循環器内科 教授 野出孝一氏

 

ー本日は宜しくお願い致します。まずシステムの概要を教えていただけますでしょうか。血圧をオンタイムで採取し、そのまますぐに送るということでしょうか  

野出教授 体重、血圧計、脈拍、送信機がこのようにありまして、リアルタイムで発信されます。

 

取材時にいただいた資料を基にMed IT Tech編集部が作成

野出教授 NTTドコモの通信回線を使います。患者さんに朝・昼・晩・就寝前に体重、脈拍、血圧を測ってもらい、送信していただきます。機器も一般に販売しているものを使っていきます。モニタリング用のスマホアプリを今回開発したんですが、データはいったんクラウドサーバに格納され、その情報をスマホアプリで閲覧できるという仕組みです。なお服薬状況に関しては自己申告にはなりますが、入れていただく感じです。それを診察時に主治医がチェックします。
 
ー増悪の兆候が見られたら介入していくとのことですが、そのための「マーカー」というか、判断基準はこの研究で読みとれそうですか。
 
野出教授 基本的には体重が2kg増えたら要注意というのは分かっているんですが、そのほかのリスクはいま統計解析しているところです。解析を担当するNTTドコモさんによる数理解析が進めばさらなる、いわば「要注意マーカー」、「危険マーカー」というのを発見できるようにしたいと思っています。臨床では、熟練した医療者は長年の勘で、数値やグラフの曲線を見て患者さんの危険度や生活状況が分かったりする。それを今回の事業で具体的に解析し見える化して、シェアしていけるようにできればと思っているんです。

先に行かなければ分からない。だから、先に行く

野出教授はこうした話の中で、解析対象の検査値の数が多くないこともあり、早期介入のためのアルゴリズム、モデルは作りやすいのではないかと語った。県内で60症例を集めることを目標としている「S-HOMES」だが、教授にとってはそれはもちろんゴールではない。

野出教授 これが首尾よくいけば被験者をさらに増やし、日本で「J-HOMES」といったようなところまで集めたいですね。心不全予備軍も含めて10,000例を目指したい。そして(遠隔モニタリングの)エビデンスを出し保険収載まで持っていきたいですね。ここまでがひとつのゴールではありますが、でもね、もっと先があるんです。

というのは10,000例集められればコホート研究もできますし、さらにその先、遠隔診療も前提とした介入研究も視野に入ります。現在はイベント、バイオマーカー、心エコーなどの画像だけが評価項目ですが、この事業で集積された遠隔モニタリング症例があれば、そこで得られた連続的な評価項目も加えた上で、(遠隔診療における)医療の質の評価がきちんとできるようになります。

「遠隔診療を前提とした」研究は、言葉では簡単なようだが、その前段階として電話再診ではない遠隔診療そのものの独自の価値を証明する必要がある。心臓ペースメーカーを入れた患者に対しての遠隔モニタリング加算という例はあるが、特定の機能を持つ医療機器の使用を前提としたもの。この研究のような、通常の機器から得られる値を遠隔モニタリングでどう評価するか、という「目に見えないメソッド」についての探究は、国内では未踏の領域だ。しかしこの領域は、未来投資会議で方向付けされた国の方針と完全に合致する。
 
野出教授は、さらなる「その先」についても語ってくれた。「Hospital In The HOME(HITH)」構想だ。自宅にいたまま通院するのと同じような診療の手段と質を担保する試みで、日本では、院外の多職種との連携例の乏しさや、ICT活用と表裏一体であることもあり、具体的に動き出そうとしている機関は多くない。佐賀大学医学部では、HOMES-HF研究時も協力施設であったひらまつ病院の中にHITHチームをつくり、多職種が連携して介入していくモデル構築を目指すという。当然そのメソッドの中に、S-HOMES研究の成果が組込まれる。

取材時にいただいた資料を基にMed IT Tech編集部が作成

野出教授 県自体がICTには先進的というのもありますし、地方は危機感は強いと思います。ただ、それだけでも足りず、更なるブレイクスルーが必要なのではないかと。ただそれは研究を進め、先に行かないと分からない。だから、先に行くしかないんですよ。 

昨年からの「遠隔診療ブーム」の遥か前から地道に症例を集め、診察に行く必要がないという「利便性」の探究とは一線を画す取り組みを続けている野出教授。AIにもさまざまな分野の個別的なAIがあるように、遠隔診療においても、疾患に応じた遠隔モニタリングのパス、プロトコルがあってこそ真価が発揮される。そしてその構築に向けたこの研究は、政府が期待している動きそのものだ。

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