脳波から神経活動の加齢効果を推定する解析アルゴリズム開発 千葉工大ら

 脳波(EEG)における加齢に特異的な時系列パターンを特定し, さらに機械学習を講じることで,高い精度で加齢に伴う神経ネットワーク変質を推定するアルゴリズムを 開発したと日本の研究グループが発表した。侵襲性の低い脳波計測・解析によって脳活動の変質を捉えられるようになることで、様々な老齢性精神疾患の予防、早期の医療介入に役立つことが期待される。

加齢に起因する脳波の時系列変化パターンをAIも導入した解析で解明

 

 脳機能については、注意・記憶・認知機能といった多くの機能が加齢の過程において減衰していくことが知られており、超高齢社会において、こうした脳機能低下を防ぐ予防的介入が必要であると考えられている。しかし脳機能の検査は現在のところ問診を主体としたものがほとんどで、連続的な認知機能の計測は検査者・被検査者にとって大きな負担となっている。

この課題に対し、千葉工業大、金沢大学、福井大学からなる研究グループは、安価かつ非侵襲的な脳機能の計測手段として新たな脳波の解析手法開発に乗り出した。先行研究では、脳波に見られる時系列パターンにおいて、「複雑性」に認知機能に異常があった場合変質が見られること※1、また脳の領野間の神経活動の同期の程度を示す「機能結合」※2も認知機能の程度を反映することが知られており、この2つに着目した脳波解析アルゴリズムを開発したという。

具体的には、まず 32名の健常な若年者と 18名の健常な高齢者を対象に 1分間の脳波に対して、マルチフラクタル解析※3とマルチスケールエントロピー解析※4、phase lag index 解析※5で評価した。その結果、高齢者の脳波では、速い時間スケールでの複雑性の上昇が見られ、さらにマルチフラクタル性(時間スケール毎での複雑性の広がり)が減少する特徴が観察された。また機能的結合の評価結果では、alpha 波帯域を中心とした機能的ネットワークの変質が確認された。さらに、得られた複雑性と機能的結合の解析結果を機械学習により統合することで、単独で判定する場合と比較して判定精度が顕著に向上することも分かった。判定精度を示す尺度である AUC で、alpha帯域での phase lag indexとマルチフラクタル性の組み合わせで最大 0.887を達成したとしている。

 研究グループでは、今回開発した「複数の複雑性指標/機能的結合と機械学習の 融合」を駆使した解析手法は、将来的には認知機能低下の診断補助となる生物学的指標の確立に寄与できるものとしている。なお研究成果は論文として、2022年2月4日付で学術誌「Frontiers in Aging Neuroscience」に掲載された。

論文リンク:Alteration of Neural Network Activity with Aging Focusing on Temporal Complexity and Functional Connectivity within Electroencephalography(Frontiers in Aging Neuroscience)

※1 Takahashi、T. (2013). Complexity of spontaneous brain activity in mental disorders. Progress in NeuroPsychopharmacology and Biological Psychiatry、45、258-266.

※2 機能結合
脳における神経ネットワークは、各領野がシナプスや白質でお互いに複雑に繋がっています.このネットワークのことを構造的な神経ネットワークと呼ぶ。一方、各領野がどの程度同期して活動しているかで機能的な領野間の繋がりを推定できる。この機能的な繋がりを機能的結合、そして機能的結合で構成されたネットワークのことを機能的な神経ネットワークと呼称する。機能的結合の評価には、同期を評価するものや情報流を評価するものまで多くの評価手法が存在するが、研究グループでは、今回は時空間的に高い分解能を有するとされる phase lag index を用いた。.
先行研究:Nobukawa、S.、Yamanishi、T.、Ueno、K.、Mizukami、K.、Nishimura、H.、& Takahashi、T. (2020). High phase synchronization in alpha band activity in older subjects with high creativity. Frontiers in human neuroscience,14、420.

※3 マルチフラクタル解析
時系列パターンの一部が全体の時系列パターンと自己相似的な関係を持つことをフラクタル時系列とそして呼ぶ。その時系列の複雑さの程度はフラクタル次元で表され、さらに脳波等の非定常性の強い生体時系列データは、単一のフラクタル次元ではなく、複数のフラクタル次元を持つマルチフラクタル性を示す。今回の研究では、全体の主要なフラクタル性とマルチフラクタル性の 2 つの尺度で脳波の時間的複雑性を定量化した。

※4 マルチスケールエントロピー解析
脳波等の複数の時間スケールにまたがる複雑性を定量化するために考案された非線形時系列解析手法。今回の研究では各時間スケールでの時間的複雑性を定量化するのに使用した。

※5 phase lag index 解析
脳波の電極間の時系列に対して、帯域毎の位相同期性を評価する解析手法。今回の研究ではdelta (2-4 Hz)、theta (4-8 Hz)、alpha (8-13 Hz)、beta (13-30 Hz)、gamma (30-60Hz)波帯域毎の位相同期性を phase lag index で評価した。