世界最大規模の悪性リンパ腫のゲノム解析結果発表 遺伝子起因の型存在の可能性を発見

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 日本の 2,000 人以上の悪性リンパ腫患者群と非がん対照群を用いた、世界最大規模の症例対照研究が行われ論文が学術誌に発表された。それによると、悪性リンパ腫の中に単一遺伝子疾患型が存在する可能性が分かったという。研究グループでは、日本の悪性リンパ腫患者に対する個別化ゲノム医療に貢献することが期待できるとしている。

309個の病的バリアントを同定

 悪性リンパ腫は造血器腫瘍の中で最も多い疾患の一つで、2020 年には世界に約 63 万人が罹患しているとされている。非常に多くの病理組織型が存在し、現在は約 70 個に分類されている。過去の研究から、悪性リンパ腫患者の一部は遺伝的要因が発症の原因と考えられることが示唆されており、疾患と遺伝的要因の関係を明らかにできれば、予防法開発、診断精度向上、原因遺伝子への治療法開発など大きな進展が見込める。しかし悪性リンパ腫に関しては大規模なゲノム解析データは少なく、遺伝的要因が原因とされる悪性リンパ腫の分類はいまだできていない。

 この課題に対し、理化学研究所(理研)生命医科学研究センター、東京大学医科学研究所、東京大学、愛知県がんセンター、岡山大学病院、国立がん研究センター中央病院、杏雲堂病院の共同研究グループは、日本の悪性リンパ腫について大規模な数のサンプルを使用し、悪性リンパ腫の発症に関連する病的バリアントの存在や病的バリアント保持者に特徴的な臨床情報を調べた。まず理研で独自に開発したゲノム解析手法※1を用い、バイオバンク・ジャパン※2により収集された悪性リンパ腫患者群 2,066 人の血液から抽出したDNAを解析。非がん対照群 38,153 人のデータも併せ、乳がん、前立腺がん、膵がんなどの発症に関連する27個の遺伝性腫瘍関連遺伝子について評価した。その結果、4,850個の遺伝子バリアント※3が同定され、そのうちの309個が病的バリアントと判定できた。

表1  本研究で明らかになった遺伝性腫瘍関連遺伝子別の悪性リンパ腫の発症リスク

表解説
各遺伝子における病的バリアントの悪性リンパ腫の発症リスク(オッズ比)とその 95%信頼区間を示す。オッズ比は悪性リンパ腫患者群と対照群間の病的バリアント保持者の割合を比較し、年齢と性別の違いを調整して算出した。最も関連が強かったBRCA1の場合、対照群と比較して病的バリアント保持者は悪性リンパ腫の発症リスクが5.88倍高いことを示す。

 次に、病的バリアントと悪性リンパ腫の発症リスクの関連解析を実施したところ、4個の遺伝子(BRCA1、BRCA2、ATM、TP53)が悪性リンパ腫の発症リスクに関連することが判明した(表1)。悪性リンパ腫患者のうち、1.6%がこれらの遺伝子に病的バリアントを保持していた。また、病的バリアントを保持する悪性リンパ腫患者は、非保持の悪性リンパ腫患者と比較して、乳がんや卵巣がんの家族歴を持つ割合が高い傾向にあることも明らかになった。具体的には、乳がん家族歴では病的バリアント保持者は 22.6%に対して非保持者は4.9%、卵巣がん家族歴では病的バリアント保持者は6.5%に対して非保持者は0.5%だった。

図1 病的バリアントが各病理組織型に対する発症リスク

図解説
4個の遺伝子(BRCA1、BRCA2、ATM、TP53)の病的バリアントの各病理組織型に対しての疾患リスク(オッズ比)とその95%信頼区間を示す。オッズ比は悪性リンパ腫患者群と対照群間の病的バリアント保持者の割合を比較し、年齢と性別の違いを調整して算出した。悪性リンパ腫の病理組織型の一つである、マントル細胞リンパ腫への病的バリアントの影響がオッズ比21.57と特に強かった。   

 次に、悪性リンパ腫の病理組織型に対して、これらの遺伝子の病的バリアントの影響に違いがあるかを評価したところ、マントル細胞リンパ腫という病理組織型の患者のうち9.1%が病的バリアントを保持しており、この組織型の発症リスクと特に強く関連していることが明らかになった(図 1)。このことはDNA 損傷応答経路がマントル細胞リンパ腫の病態において重要であるという、過去のマントル細胞リンパ腫の腫瘍細胞の解析による報告※4、5と矛盾していないとする。このように、悪性リンパ腫、特にマントル細胞リンパ腫の中には、ゲノム配列上たった 1 カ所の配列の違いにより発症する単一遺伝子疾患型が存在している可能性が明らかになったとし、他のがんと同様に原因遺伝子について考慮することで、悪性リンパ腫の診断や治療を進展させる可能性が示唆されたとしている。

※1 「加齢黄斑変性発症に関わる新たな遺伝子型を発見
https://www.riken.jp/press/2016/20161111_1/
※2 バイオバンク・ジャパン
日本人集団27万人を対象とした、世界最大級の疾患バイオバンク。日本医療研究開発機構の「オーダーメイド医療の実現プログラム」を通じて実施され、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報と共に収集し、研究者へ分譲している。2003 年から東京大学医科学研究所内に設置されている
※3 病的バリアント、遺伝子バリアント
ヒトの DNA 配列は約 30 億の塩基対から構成されるが、その配列の個人間での違い(多様性)を遺伝子バリアントという。また、その遺伝子バリアントのうち疾患発症に関連しているものを病的バリアントという

※4 Ferran Nadeu, et al. Genomic and epigenomic insights into the origin, pathogenesis, and clinical behavior of mantle cell lymphoma subtypes. Blood. 2020; 136: 1419-1432.

※5 Pedro Jares, et al. Molecular pathogenesis of mantle cell lymphoma. Nat Rev Cancer. 2007; 7: 750-762.

論文リンク:Association between germline pathogenic variants in cancer-predisposing genes and lymphoma risk(Cancer Science)

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