「跳んでも走っても」ノイズなく筋電データを取得できる衣服型デバイスを開発 理研と東大
理化学研究所と東京大学の研究チームが、跳んだり走ったりといったダイナミックな動作中でも全身に分布する筋肉の活動を高精度に取得できる、衣料や布地のようなテキスタイル型の無線筋電図計測システムを開発したと発表した。日常生活での動きを簡便に定量化できるため、ヘルスケア、リハビリ、医療、スポーツなど幅広い分野での応用が期待できるとしている。
導電糸、絶縁層、シールド導体を全て伸縮性材料で構成

研究成果を発表したのは、理化学研究所(理研)開拓研究所 染谷薄膜素子研究室の李 成薫 研究員(東京大学 大学院工学系研究科 特定客員准教授)、染谷 隆夫 主任研究員(東京大 学大学院工学系研究科 教授)、東京大学 大学院工学系研究科の横田 知之 准教授らの共同研究グループ。

伸縮性の同軸配線を用いることで、全身に分布する筋肉からの筋電図を衣服型デバイスで計測することが可能である。(A)下半身型のスマート衣服の例。(B)伸縮性同軸配線、信号線(導電糸)、絶縁層(ポリウレタン)、シールド導体の三つの伸縮性材料から成る。スケールバーは200マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。(C)伸縮性同軸配線の伸縮時の様子。3層構造の伸縮性同軸配線は、40%の伸縮時にも亀裂が入っていない(右下)。
近年、衣服に電子機能を組み込んだスマート衣服が注目され、一部のバイタル計測機能を持つ製品も実用化されているが、動作中に全身の筋電図を計測できるスマート衣服は実用化にいたっていない。筋電図はわずか数ミリボルト程度の微弱な信号であるため、全身計測に必要なメートル単位の配線では、配線に混入されるノイズに信号が埋もれやすくなるためだ。研究グループはこの課題を克服するため、導電糸、絶縁層、シールド導体を全て伸縮性材料で構成した同軸構造の伸縮性配線を開発し、衣服に適用した。これにより全身レベルで生体信号をシールドし、外部ノイズを効果的に抑制できるスマート衣服を初めて実現したという。
リハビリ時のような動作も正確にデータ取得

(上)他者のサポートで肩関節をP-1、P-2、P-3、P-4のようにさまざまな角度で動かし、三角筋の活動を計測した。他者が腕を支えて動かす場合においてもノイズが増加することなく、安定した高精度計測が可能だった。
(下)他者のサポートがある場合での、肩の三角筋の筋電図の計測例。シールド導体があると、シールド導体がない場合と比べて、高精度の観測が可能だった。特に、肩関節を-45度(P-1)にした際、微弱な電気信号を取れ、安静時との区別ができた。ノイズの電気信号の単位はミリボルト(mv)。
研究グループはこのシステムの性能について、リハビリ時のように他者によるサポートがある状況を再現し検証。筋肉の活動を正確に計測できることを実証した(図2)。肩関節をさまざまな角度で動かし、三角筋の活動を計測したところ、自ら腕を動かす場合だけでなく、他者が腕を支えて動かす場合においても安定した高精度計測が可能だった。特に、腕を後方に約45度伸展させた際(図2のP-1)のような微弱な信号(約0.01ミリボルト)でも、安静時との区別ができることを確認した。一方、シールドのない配線では、配線に触れた際に顕著なノイズが生じ、安静時や特定角度での筋電図を識別することは困難だった。
跳躍、走行といった激しい運動でも取得成功

開発したスマート衣服を着るだけで、ジャンプといったダイナミックな動作中でも、さまざまな筋肉の活動を高精度に定量的に評価できる。ジャンプの踏み切りから着地に至るまでの動作の中で、下半身の各筋肉が順に活動する様子を捉えた。
さらに、両足の大腿(だいたい)四頭筋、前脛(ぜんけい)骨筋、ハムストリング、下腿(かたい)三頭筋の8部位に電極を配置した衣服型無線筋電図計測システムを用いてジャンプや走行といったダイナミックな動作中の筋活動を計測した。その結果、ジャンプでは踏み切りから着地に至る一連の動作の中で各筋肉が順に活動する様子を明確に捉えることに成功した(図3)。また、走行時には左右の脚の筋活動が交互に現れるパターンを高精度に記録でき、歩行・走行のリズムや筋肉同士の協調的な働きを定量的に把握できることも実証した。加えて、いずれの条件においてもノイズレベルは0.1ミリボルト以下に抑えられ、外部環境の影響を受けない安定した信号取得が可能であることも確認できたという。
研究グループでは、この研究成果は、医療やリハビリテーションでは歩行訓練や介助動作の評価に、スポーツ分野では、激しい動作中のパフォーマンス解析、さらに、在宅ヘルスケアや高齢者の見守り、身体動作の記録を基盤とした新しいサービスや産業領域への展開も期待できるとしている。