当事者 X 当事者 X エンジニアで共創する三重奏の医療DX 「認知症フレンドリーテック」
第三章:集まったのは、極限の熱量を持ったものたち
こうした流れで開催に至ったはじめての「認知症フレンドリーテック 第一回ハッカソン」 。当日の参加者は内田医師が意図した以上に、熱意を持った「認知症ケアの当事者」「社会課題解決に思いを持つエンジニア」が集まった。オフサイトはエンジニアカフェで開催したが、福岡以外からも参加者が集まったため、オンラインでも繋がりながら進行した。
イベントはまず「解決したい課題」「実現したいアイデア」を着想した人からプレゼンしてもらい、それに賛同して一緒にチームを組みたい人が手あげする、というかたちのチームビルディングが行われた。当日にチームビルディングするハッカソンの流れとしては特に珍しいものではないが、ポイントはこここでまさに「認知症ケアの当事者」から、リアルニーズが語られたことだ。そのリアルニーズに対し、共感しやってみたいという思いを重視してチームが組まれ、オンライン、オフラインで様々に連絡しあいながら2日間で作業を仕上げていく。こうして練り上げられた5チームのプロトタイプは、精度の高いユースケース、ペルソナを設定した一味も二味も違うものだった。
成果発表された作品
想起-SOBA
記憶の補助をLINEで行い、思い出しづらさが進む中でも「楽しい思い出」が残るように設計し、QOLを維持することを目的とする。 LINEからの通知やリッチメニューから思い出を投稿すると、感情分析のAPIを活用して、アプリが投稿内容を分析し返答するという仕組み。通知に気づきやすくするためLEDライトと連携し、通知が来ると点灯させる仕組みも実装した。
なかまのなかま
中間市役所の福祉関係者の着想で開発された、認知症発症前から地域資源と繋がれるコーディネイトアプリ。年金受給の手続きに役所に来られた際にアプリを紹介し、どういうことに興味があるかを登録、アプリに登録されている地域資源と照らし合わせ、本人の位置情報も考慮して、地域と「趣味」や「役割」で繋がれるようレコメンドする。認知症になる前からアプリを使い慣れ、ライフコースに合わせてシームレスに使えるように設計されている。
お願いマイコンシェル みかんちゃん
認知症のある人に寄り添いながら本人が仕事を続けられるよう、記憶面や精神面をサポートしてくれるコンシェルジュ。今回は若年性認知症のある人の具体的なペルソナを設定し、その精緻な内容に基づいて、覚えられない部分を優しくサポートする。そのため、親しみやすい「みかんちゃん」という女性キャラクターのアバターを開発した。今回の開発では、このアバターが、確認ごとの多い朝の出勤の身支度をサポートするという機能を実装した。
心と暮らし
1人で暮らす認知症のある母を持つチームメンバーのアイデアをもとに、思い出しづらさをそれとなく手助けするためNFCタグを活用。携帯をものにかざすと中に入っているものの情報が文字と画像、音声で確認できるというアプリ。NFCシールであれば、今までの暮らしに違和感なく溶け込んで社会実装させやすいのではという発想のもと開発された。
しりとりばりぐっどくん
しりとりの認知症への備えに関する報告をもとに、LINEで簡単にしりとりができるよう開発。楽しくなければ継続率が高まらないので「しりとり」を採用し、LINEも高齢者にある程度使われていることからLINEを活用。QRコードを読み込むだけで組み込め、いつものLINEのように会話形式でしりとりができる。
このように、すべてのチームが認知症に関する論文を掘り起こしたり、認知症のある人、またはケアを担当する関係者のニーズや思いを汲み取るという、粒度の高いバックキャスティングで開発を行っている。これはエンジニア以外の参加者が、医療従事者、市役所の福祉担当者、ケアをする家族といった、日々、認知症のある人へのケアを考え続ける当事者だからだ。
例えば「お願いマイコンシェル みかんちゃん」の開発チームに入った鈴木さんは、内田医師が講師を務めた、福岡市独自の資格である「認知症サポートワーカー」の研修を受けている。認知症のある人たちが何に困っているのか、ケアをするだけでなく、その困りごとを解決すれば自己効力感を保ち、社会の中で十分に快活に暮らせるとの確信があった。また「心と暮らし」を開発したゆず さんは、実家で一人暮らしするアルツハイマー型認知症のある母を遠距離介護している。介護や医療の専門職の方々と連携し、母の「できること」を大切にした支援を重ねることで、認知症があることで失われがちな自信を回復し、心の安定につながると感じている。
このハッカソンの参加者は、世間一般の「認知症になったらすぐ何もできなくなる」という間違ったパブリックイメージではなく、認知症のために苦手になったことを補っていけば、それまでと変わらず生活を続けられる可能性があることを身をもって体感している人たちだった。ケアを考える、取り組む「当事者」が、認知症の「当事者」のことを真剣に考えたアイデアだからこそ、的確な創発ができたのである。
そしてこうしたリアルニーズに触れながら、エンジニアがソリューションを考えることは、エンジニアにとっても刺激的だったようだ。ゆずさんのアイデアに共感し、同じチームで「心と暮らし」を開発したエンジニアのようかん さん(井上陽介さん)、やたがいさん(八谷航太さん)は、社会課題解決にプログラミングをはじめとしたテクノロジーで貢献する活動、シビックテックに取り組む団体「Code for Japan」に参加している。その中で頻繁にハッカソンに取り組んでいるが、そうした経験の中でも、今回のハッカソンは「当事者の話を聞いて開発できるとても貴重な機会だった」だという。また、一般的なビジネススキームに乗らずとも、テクノロジーでこうして直接課題解決に寄与できるなら「これこそがシビックテック」と力強く語ってくれた。