胃生検の病理診断支援AIを開発、病理医診断との一致率最高で97% 日本病理学会と国立情報学研究所ら

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 日本病理学会と国立情報学研究所(NII)が、胃生検の病理診断を支援する病理診断支援AIを開発した。顕微鏡による超高解像度デジタル画像から異常を検出する画像認識AIで、深層学習の新規開発手法「MSP法」を採用し実現したもの。全国10施設の病理画像を用いた検証では、病理医の診断とAI予測の一致率が90~97%に達しており、病理診断のダブルチェックに活用できるレベルだという。

「一人病理医」の打破目指し、学会自身がAI開発

<図1> 病理診断AIの効果

 がんの診断確定には病理医による「顕微鏡での病理診断」が必須だが、日本では病理医が不足しており、常勤病理医のいる約700の病院のうち、約300施設では常勤病理医が1名しかいない。 このようないわゆる「一人病理医」体制では診断のダブルチェックが困難で、がんの見落とし、あるいは過剰診断のリスクを否定できない。一方で近年のAI技術の進歩は著しく、深層学習、特に畳み込みニューラルネットワーク※1は画像識別に優れた能力を発揮し、放射線画像や内視鏡画像等の医用画像分野への応用も進んでいる。ただし病理診断に用いる顕微鏡画像は高解像度で、病理組織デジタル画像の情報量は桁違いの大きさで取り扱いが難しい。

 日本病理学会は、日本医療研究開発機構(AMED)の委託事業としてJapan Pathology AI Diagnostics Project [JP-AID]と名付けた研究開発事業を2017年から開始していた。同年より、NIIもAMED委託事業として医療ビッグデータ利活用を促進するクラウド基盤を整備運用する医療ビッグデータ研究センター(RCMB)を設置したことから、両者は共同で、東京大学とも連携し、日常病理診断で最も頻度の高い検体である胃生検を対象に、病理診断のダブルチェックを行うAIの開発に取り組んできた。

 開発の出発点として、一つの施設から収集した4605個の胃生検組織片の高倍率顕微鏡画像を、プレパラートの上をレンズが動きながら連続的に撮影する特殊なスキャナーでデジタル化。この病理組織デジタル画像を用い、病理医が個々の組織片に対して腫瘍・非腫瘍の範囲を特定して囲んだ学習データを作成、開発した病理診断AIに学習させた。次に学習データとは異なる2534個の組織片 (内部データセット) を用い、病理診断AIの性能を確認、その後、病理標本の染色の色合いやデジタル化に用いるスキャナーの種類が異なる全国10施設から計3450個の組織片の病理画像を収集し、外部データセットとしてAIの性能の施設間較差を検証した。

生検画像の容量問題と判定精度の課題を「MSP法」が解決

<図2> 新規開発手法(MSP法)による偽陽性の削減

 病理画像はフルカラーかつ超高解像度であり、胃生検のような数mm程度の小さな組織片であっても画像データ容量は大きいため、組織片の画像そのものを多数、機械学習に用いるとコンピュータの処理能力を容易に越えてしまう。そこで、画像を細かい正方形のパッチ(一辺256ピクセル、116 µm)に分割し、AIモデルの学習や評価に用いるのが一般的だ。この際、細かいパッチに分割してがんか否かの判定を行うアルゴリズムを使うと、画像全体のうち1か所でも偽陽性のパッチがあると組織片全体が「陽性」と判定されてしまう課題がある。そこで今回、東京大学 先端科学技術研究センターの原田達也教授(NII客員教授)の研究室が新たに開発した機械学習手法"Multi-stage semantic segmentation for pathology WSI (MSP)"法を用いた。MSP法では個々のパッチ画像から特徴量を抽出し、元の病理画像における特徴量の分布も学習するため、病理画像を大幅に圧縮した形で、画像全体におけるパッチの位置情報を失うことなく機械学習を行うことができるという。実際、従来法で偽陽性を示すパッチが散在する非癌症例であっても、正しく全体を非癌と判定することができたとしている(図2)。

<図3> 多施設検証における病理診断とAI判定の一致率

 検証の結果、癌と非腫瘍の判定で、MSP法は病理医の診断との一致率94.8%(内部データセット)を達成。また10施設の外部データセットでも94.6%±2.3% (最小90.4%、最大97.4%)となり、従来法より優れた成績が得られた(図3)。

 今回の研究成果について研究チームは、開発されたAIを病理診断の現場で用いることにより、病理診断のダブルチェックを支援し、一人病理医を初めとする多忙な病理医の負担軽減、さらに遠隔病理診断ネットワークに組み入れることでがん医療均てん化の推進が期待できるとしている。今後はプログラム医療機器としての薬事承認取得を目指すほか、胃生検以外の病理診断支援AIも開発していくという。また、JP-AID事業で収集された種々の臓器の病理組織デジタル画像を「日本病理学会デジタル画像データベース」として公開し、AI開発に用いることができるようにする準備を進めている。

論文リンク:Development and multi-institutional validation of an artificial intelligence-based diagnostic system for gastric biopsy(Cancer Science)

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Posted by medit-tech-admin