京都大学の研究グループが、睡眠障害に対する睡眠行動療法のDXの可能性を示す研究成果を発表した。介入プログラムをスマートフォンアプリ化し、併用されることも多い光療法を組み合わせて検証したところ、効果を実証できたという。
各指標すべてで改善効果を確認
研究成果を発表したのは、京都大学学生総合支援機構 降籏隆二准教授、京都大学大学院医学研究科 石見拓教授らの研究グループ。個人の最適な就寝時刻・起床時刻はクロノタイプと呼ばれるが、思春期にはクロノタイプの夜型化が急速に進むことが知られており、睡眠の問題は若年成人において重要な健康課題の一つとされる。夜型が強い場合は、 個人のクロノタイプと、学校の登下校の時刻、会社の出勤・退勤時刻などの社会的時刻との乖離が大きくなるため、入眠困難、起床困難、日中の過剰な眠気、不安、抑うつなどを引き起こす原因となることがある。対応方法の一つとして、対面で行う時間生物学的な睡眠行動療法(BBTI)※1と光療法(LT)※2の併用の有効性が先行研究で示されている。光療法については、近年、利便性の高い LEDライトグラスが開発されているが、時間生物学的な睡眠行動療法は専門家が不足しており、提供機会が限られているのが現状だ。
今回、研究グループは時間生物学的な睡眠行動療法を簡便に提供するためのスマートフォンアプリ「SleepHealthy-Eveningtype」と、起床後にライトグラスを併用する介入プログラム「デジタル BBTI with LT」を開発し、夜型生活者で不眠を持つ大学生を対象として介入プログラムの有効性を検証した。
具体的には、朝型-夜型質問紙(MEQ)※3で「明らかな夜型」「ほぼ夜型」に該当し、不眠重症度質問票(ISI)※4 が 8 点以上の不眠がある大学生 28 名(介入群[n=14]と対照群[n=14])を対象として、4週間にわたる並行群間無作為化対象試験を行った。介入群には、スマートフォンアプリを用いて時間生物学的な睡眠行動療法(デジタル BBTI)を提供した。介入群は、2~4 週目に、起床後に 30 分間 LED ライトグラスを使用し光療法(LT)を実施した。主要評価項目として不眠重症度質問票(ISI)、副次評価項目として、MEQ、RU-SATED※5 等を測定した。解析については、主要評価項目にには線形混合モデル※6を用い、 副次評価項目には独立したサンプルの t-検定※7 を用いた。
検証の結果、組入時の ISI の平均値は介入群 12.2 点、対照群 12.5 点であったが、4 週間後の平均値は介入群 7.2 点、対照 群 10.6 点となった (P < 0.001)。副次評価項目でも、MEQ で評価したクロノタイプの朝型化(P = 0.008)、RU-SATED で評価したスリープヘルスの改善(P = 0.005)がみられた。
研究グループの降籏隆二准教授は、「睡眠の悩みが原因で就学や就労に支障をきたしていても医療機関を受診しない人は多く、また専門的な治療を受ける機会が持てない場合も多い」とし、今後さらに多数例を対象とした研究を続けたいとしている。
※1 時間生物学的な睡眠行動療法(Brief Behavioral Therapy for Insomnia, BBTI)
睡眠の問題の改善を 目的として、睡眠を妨害するような生活習慣に焦点を当て、身体に染み付いた“くせ”を見直しながら適切な 睡眠習慣を取り戻すことにより睡眠を改善する治療法を一般に睡眠行動療法と呼称する。時間生物学的な治療を行うためには、個別化された睡眠・覚醒スケジュール、睡眠に関する心理教育等を提供する。
※2 光療法(Light Therapy, LT)
光は体内時計に働き、睡眠・覚醒リズムを変化させる働きがあることを 利用し、光を用いて睡眠障害の治療を行う方法。光の中では青色光(ブルーライト)が睡眠・覚醒リズム に最も影響を及ぼすことが知られており、午前中に適切なタイミングでブルーLED ライトを照射することに より睡眠・覚醒リズムを前進させることができるとされる。
※3 朝型夜型質問紙 (Moringness and Eveningness Questionnaire: MEQ)
生活特性や睡眠習慣について の 19 項目の多角的な質問を行い、総合得点を元に、朝型・夜型の判定を行う質問票。
※4 不眠重症度質問票(Insomnia Severity Index, ISI)
夜間の睡眠の問題、睡眠への満足度、日中の機能障 害などに関する 7 項目について質問を行い、総合得点を元に、不眠の重症度を評価する質問票。
※5 RU-SATED
睡眠習慣に関する計 6 項目について質問を行い、総合得点を元に、スリープヘルス(睡眠健 康)の評価を行う質問票。
※6 線形混合モデル
介入プログラムを使用する介入群の被験者と使用しない対照群の被験者を比較し、介入プログラムの使用に効果があるといえるかどうかを、繰り返し測定したデータを元に統計的に検証する際に使用する方法。
※7 t-検定
介入プログラムを使用する対照群の被験者と使用しない対照群の被験者を比較し、介入プログラムの使用に効果があるといえるかどうかを、使用前後のデータを元に統計的に検証する際に使用する方法。