スパコン「富岳」で未知の抗がん剤薬剤耐性メカニズムを発見 東京医科歯科大と富士通
東京医科歯科大学と富士通は、スーパーコンピュータ「富岳」に人工知能(AI)を実装し抗がん剤の薬剤耐性発現のメカニズムを探索させたところ、未知のメカニズムを発見できたと発表した。「富岳」を使うことで従来は従来は実行困難であった 2 万変数のデータを一日以内で超高速計算することが可能となり、1,000 兆通りの可能性から未知の因果を発見できるようになったとしている。
がんの分子標的薬は投与を続けると、その薬剤に対しがん細胞が耐性を獲得し再発することがある。複数のドライバー変異※1を獲得した細胞群が変幻自在に異常な振る舞いをするがん耐性獲得のメカニズム解明には、精緻なデータと解析技術が不可欠だが、そもそも個人や臓器における遺伝子やその発現量などにより薬剤効果が異なるため、複数の遺伝子の発現量を組み合わせた検討すべきパターン数は1,000兆通りを超えると言われる※2。従来の探索技術、コンピューターでは、ヒトの全2万個の遺伝子を対象とした網羅的な探索ですら通常の計算機で4,000年以上かかるとされているため、それをはるかに超える物量の計算課題には、まったく新しい探索技術の確立が求められている。
この課題に対し、富士通と東京医科歯科大学は、プロセッサ間とプロセッサ内の並列性を特長とするスーパーコンピュータ「富岳」上に、ヒトの全遺伝子を実用的な時間で分析できるよう、条件探索と因果探索を行うアルゴリズムを並列化し実装。「富岳」の計算性能を最大限引き出すとともに、富士通が開発したAI技術を活用し、薬剤耐性を生み出す条件となりうる有望な遺伝子の組み合わせを抽出することで、一日以内で網羅的な探索を実現する技術を開発した。
そして開発実装した「富岳」上のAIに対し、DepMap※3の公開データを実行した結果、ヒトの全遺伝子に対して条件と因果関係を一日以内で網羅的に探索し、肺がんの治療薬に耐性を持つ原因となる遺伝子を特定することに成功した。肺がんの治療薬などで用いられるゲフィチニブは、EGFR経路※4の活性化を抑制、がんの進行を抑える分子標的薬であり、耐性が発生する現象が知られている。DepMapのがん細胞株約300種の遺伝子発現量データとゲフィチニブの感受性、耐性データを解析し、ゲフィチニブが効かないがん細胞株の条件とメカニズムを網羅的に探索した結果、ZNF516, E2F6, EMX1の3つの転写因子※5の発現量が低いという条件を探り当て、その条件を満たす肺がん細胞株では、転写因子SP7とPRRX1をトリガーとするメカニズムが耐性を生み出す因果として新たに示唆された。
今回の成果を受け、今後両者は遺伝子の発現量や変異のデータに加え、時間軸や位置データを組み合わせた多層的、総合的な分析を実施し、薬効メカニズムやがんの起源の解明などの重要課題における発見の手掛かりを提示する研究を加速させるとしている。
※1 ドライバー変異
がんの発生や悪化の直接的な原因となる遺伝子変異。
※2 1,000 兆通りを超える
がんに関係することが判明している主な 50 個の遺伝子の組み合わせに限定し、各遺伝子の発現量を2分類(遺伝子の発現の「高い」「低い」など)とした場合でも、条件数は2の50乗となり、1,000兆通りを超える。
※3 DepMap
米Broad Instituteが提供する約600種の様々ながん細胞株に対する約4500の薬剤の感受性、耐性のデータ。がん細胞株の変異情報と全遺伝子の発現データ等が含まれる。 (https://depmap.org/portal/)
※4 EGFR経路
上皮成長因子(EGF)という生体分子の刺激を受け取って、細胞増殖を活性化するメカニズム。