近年開発の進む「組織透明化技術」を活用し、光学顕微鏡と電子顕微鏡による観察のメリットを同時に享受できる応用技術が日本の研究グループにより開発された。この技術を用いれば、全脳構造からシナプス構造までのシームレスな観察が可能になるという。研究グループでは、この技術で神経回路構造の網羅的な解析が期待できるとしている。
研究成果を発表したのは、順天堂大学大学院医学研究科脳回路形態学(神経機能構造学)の日置寛之 教授、山内健太 助教ら、および大阪大学大学院歯学研究科口腔解剖学第二教室の古田貴寛 講師らの共同研究グループ。脳は、膨大な数のニューロン(神経細胞)が互いに連絡しあい複雑な神経回路を形成することにより機能している。この脳の動作原理を解明するためには、神経回路の「配線図」を明らかにすることが必要不可欠だが、しかし脳は全体として大きなサイズを持つ一方、神経細胞間の連絡がなされるシナプスはとても小さく電子顕微鏡でなければ観察することができない。こうした「観察対象のスケールのあまりにも大きな格差」がこの分野の研究における課題となっている。研究グループでは、光学顕微鏡を用いて大きいままで大規模に標本を観察することを可能とする「組織透明化技術」を応用し、取得した標本データを電子顕微鏡で解析できる技術を開発した。
研究グループはまず、組織透明化のステップを単純化した新しい手法を開発し、超微細構造へのダメージを最小にしながら、従来手法と同等程度の透明度を実現することに成功。グルタールアルデヒド(GA)※1により固定した脳組織の透明化にも成功し、従来の透明化法と比較してシナプスなどの超微細構造が格段に保持されていることを確認した。
次に、光学顕微鏡と電子顕微鏡との両方で目的構造を標識できる遺伝子発現システムを開発した。具体的には、アデノ随伴ウイルスベクター※2を利用して、感染した細胞内で緑色蛍光タンパク(GFP)とアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APEX2)※3の融合タンパクを高発現するシステムを構築、GFPで標識された感染細胞を光学顕微鏡(蛍光顕微鏡)で観察し、その後にAPEX2の反応によってジアミノベンジジン(DAB)という色素を標識細胞に沈着させることで、その超微細構造を電子顕微鏡を用いて観察することを可能にした。これらの技術を組み合わせた結果、全脳構造からシナプス構造までの神経回路構造をズームインしながらシームレスに観察できる技術の開発に成功した。
また同時に、アデノ随伴ウイルスベクターの脳内注入により作製した脳組織標本に対し、今回開発した新しい透明化法を施すことで、光学顕微鏡による脳構造の大規模構造データを取得。標識された神経細胞が細胞体だけでなく、その入力部位である樹状突起や、出力部位である長い軸索もGFPにより可視化されていることを確認、シナプスレベルの構造解析が可能であることも確かめられた。これらの実験はマウスとマーモセットの両方で実現しており、研究グループが開発した手法が様々な動物種に広く適用可能であることも示唆しているという。研究グループでは、この新技術を用いれば神経回路の構造解析が進み、疾患モデル動物を用いた研究における疾患の病態解明に大きく貢献すると期待できるとしている。