精子評価AIがリアルタイム評価可能なローカルAIに進化、精度も向上 横浜国立大学

 横浜国立大学の研究グループが進めている精子評価の人工知能(AI)システムが進化した。院内の端末で動作するもとへアップデートされ、クラウドを使用しないことで処理スピードと判定精度が向上したという。

図1 MERSV で学習されたAIによる精子評価システム

 研究成果を発表したのは、横浜国立大学工学研究院の濱上知樹教授、同研究室の大学院生中川勇人さん(R6.3 修了)、古菅翔生さん、児玉憲武さん、横浜市立大学附属市民総合医療センター 生殖医療センター部長湯村 寧診療教授らの研究グループ。

 男性不妊の中でも無精子症の症例は、全体の 2–16%を占めると言われ、その治療法として「精巣内精子採取術(Testicular Sperm Extraction: TESE)」が広く知られている。精子回収には限られた時間内で有望な精子を見つけ出す高度な細胞識別能力が求められ、この専門的な技術を有する胚培養士の負担は非常に大きく、成功率を向上させるために AI を活用した精子探索・評価の支援技術が強く求められているという。

 研究グループでは先行研究で、クラウドの計算資源を利用した大規模な精子データの収集とディープラーニングによる学習を実現してきた。今回、その成果をもとに高精度化とリアルタイム化を図り、病院内のパソコンで利用できるシステムを開発した。具体的には、顕微鏡下で撮影された 615 本の動画(11392 × 976、15fps)に含まれる精子領域(150×150)すべてに対し、40 人の胚培養士による延べ 24,533 ケースの評価を集めたデータセット「MERSV(Multi-Expert Rated Sperm Video)Dataset」を用い(図 1参照)、アルゴリズムを開発した。

図2 精子評価のための特徴・動き学習
図3 リアルタイム精子評価 PC アプリケーション

グレード分布推定モデルの Backbone に相当する部分には、動きと形態の両方の特徴を捉えるため、TimeSFormer の事前学習済みモデルを使用した。また、グレードクラス間の順序関係を考慮できる Earth Mover’s Distance(EMD)を損失関数として用い、ファインチューニングを行った(図 2 )。さらに、パソコンでリアルタイム予測が可能なパラメータサイズまで軽量化するため、他のモデル(ResNet、R(2+1)D、SlowFast)や損失関数(EMD, MSE, JSD, CE, HI, Macro HI, Macro F1)との比較検討を行い、精度と軽量化のバランスを評価したという。

その結果、TimeSFormer が ResNet、R(2+1)D、SlowFast に対してすべての評価指標で上回り、また EMD が平均指標の平均順位で他の損失関数を上回ることが明らかとなった。さらにモデルサイズの比較を行った結果、TimeSFormer-Small が予測精度と速度の両面で最も実用的であること、従来システムと比較して MSE が 0.1×10⁻²、グレード分布精度が 1.17%、グレードモード精度が 3.41%向上したことが確認された。

 研究グループでは、このシステムの実用化で男性不妊治療における受精率の向上、患者の費用負担の軽減、胚培養士の負担軽減、さらに熟練した胚培養士の技術伝承への活用が期待できるとしている。

論文リンク:Estimation of Multi-Expert Sperm Assessments Using Video Recognition Based Model Trained by EMD Loss(IEEE Access)