岡山大学の研究グループが、高脂血症治療薬シンバスタチンに抗がん剤の副作用をおさえる効果もあることを発見した。米国の有害事象および遺伝子発現データベースを探索し候補薬を抽出したうえでマウス実験などを行い、作用機序の解明とその効果を確かめた。研究グループでは既存薬の新たな効能を発見する「ドラッグリポジショニング」の有効な手法として、今後もさらなる発見が期待できるとしている。
オキサリプラチンの副作用低減効果を発見
研究成果を発表したのは、岡山大学病院薬剤部の座間味義人教授、牛尾聡一郎特任助教、同大学院医歯薬学総合研究科医療教育センターの小山敏広准教授、徳島大学大学院医歯薬学研究部 臨床薬理学分野の石澤啓介教授・新村貴博研究員、相澤 風花特任助教、九州大学大学院薬学府 臨床育薬学分野の川尻雄大助教らの研究グループ。抗がん剤であるオキサリプラチンは、副作用としてしびれなどを伴う末梢神経障害を高頻度で発現し、がん患者の QOL 低下や治療の中止にもつながるため治療法の開発が求められている。しかしオキサリプラチン誘発末梢神経障害は患者数が少なく治療薬候補の有効性評価が困難であるため、これまでに臨床応用された有効な治療薬はない。研究グループでは、医療ビッグデータとオミクスデータを用い、既存承認薬の中からオキサリプラチン誘発末梢神経障害に対して臨床上の有効性が示唆される治療薬候補を抽出し、有効性と作用機序を明らかにした。
具体的にはまず、約 770万件の薬剤性副作用報告が集積されている米国FDA(食品医薬品局)の有害事象報告システム (FDA Adverse Event Reporting System: FAERS) データベースを用い、「オキサリプラチンに併用した場合にオキサリプラチン誘発末梢神経障害を軽減する既存承認薬」を検索。加えて、米国 NIH(国立衛生研究所)が提供している遺伝子発現データベース(The Library of Integrated Network-Based Cellular Signatures: LINCS)で、オキサリプラチン誘発末梢神経障害に関連した遺伝子発現変化を打ち消す既存承認薬を探索した。この2つのデータベースでの探索の結果、高脂血症治療剤シンバスタチンが、オキサリプラチン誘発末梢神経障害の新規治療薬となる可能性が示唆されたという。
研究グループはそこで、オキサリプラチン誘発末梢神経障害モデルラットを確立し有効性を検証したところ、シンバスタチンが神経軸索の変性を抑制し、オキサリプラチン投与によって生じる痛覚過敏反応を有意に軽減することが明らかとなった。また、モデルラットの神経組織および神経細胞を用いた実験より、シンバスタチンの末梢神経障害抑制効果には、神経細胞における抗酸化酵素「Gstm1」のmRNA 発現量の増加が関与している可能性を見出した。また徳島大学病院の電子カルテデータを用いた後ろ向き観察研究※1においても、オキサリプラチンにスタチン系薬剤を併用している患者群で、有意に末梢神経障害の発現頻度が低いことが確認されたという。
研究グループでは、今回用いた「データ駆動型の創薬アプローチ」は、薬剤性副作用の他にもがんをはじめとする難治性疾患や希少疾患などの様々な疾患に応用可能であり、これまでに有効な治療薬の少なかった疾患に対しても、本研究アプローチを用いることで治療薬開発につながることが期待できるとしている。