タウタンパク質の異常蓄積パターンをAIで解析抽出、多様な認知症タイプを自動判別 量研

 アルツハイマー病などの認知症の発症原因のひとつとされるタウタンパク質の病的な蓄積パターンをPET画像から自動解析し、スコア評価するAI(人工知能)を日本の研究グループが開発した。「認知症の全自動診断に向けた基幹技術」が実現したとしており、今後さらなる改良を目指す。

先行開発した薬剤によるPET画像を自動解析

 研究成果を発表したのは、量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所 脳機能イメージング研究部の樋口真人部長、遠藤浩信研究員。認知症の大半を占めるのは、脳の中に異常なタンパク質が蓄積する神経変性型のアルツハイマー病、前頭側頭葉変性症、レビー小体型認知症の認知症であることが知られている。前二者には、アミロイドβ(Aβ)やタウを主とする異常タンパク質が脳内に蓄積し、これらの異常タンパク質の蓄積に伴い神経細胞が死ぬことで、物忘れ、運動障害、精神症状などの多彩な症状が出現するとされている。

 認知症の症状は症例ごとに多様である一方、異なる疾患でも同様の症状を呈することがあるため症状のみで早期診断することは難しく、早期診断には異常タンパク質の蓄積を可視化するイメージング技術が効果的だと考えられ、現在国内外で探索的な研究が進んでいる。こうした状況のなか、研究グループは以前、アルツハイマー病や進行性核上性麻痺などの異常なタウ蓄積を高いコントラストで捉えることのできるPET薬剤[18F]PM-PBB3 (一般名:florzolotau)を開発していることから、この薬剤を投与した脳のタウPET画像を自動で解析し、読影できるAI(人工知能)の開発を試みた。具体的には、アルツハイマー型認知症患者(Aβ陽性の軽度認知機能障害患者含む)37名、進行性核上性麻痺患者46名、健常高齢者50名を対象に、 [18F]PM-PBB3を投与し撮影した画像にマルチアトラス法※1を適用し、脳内114カ所の関心領域におけるPET薬剤集積値を解析。その後AIを用いてアルツハイマー型認知症と進行性核上性麻痺を区別するために最適化された線形関数※2を求め、解析で得られたPET薬剤集積値を線形結合※3することで、各被検者の「アルツハイマー病らしさ」を表す「アルツハイマー病タウスコア」と「進行性核上性麻痺らしさ」を表す「進行性核上性麻痺タウスコア」を算出した(図1)。

図1 研究方法概要

 健常高齢者、アルツハイマー型認知症患者、進行性核上性麻痺患者において、高精度に同定した114の脳構造領域についてタウPET集積値を定量し、それらの値を有効な学習用データとして用いることで、疾患に特徴的な領域のタウPET集積値を個人ごとにタウスコアとして算出。学習用データ 対 検証用のテストデータにランダムに10回分わけ、繰り返し検討して最適な線形モデル関数を作成しテスト用データで評価した結果、アルツハイマー病タイプのタウスコアの疾患分類における正解率は98.6±0.02% (平均±標準偏差)、進行性核上性麻痺タイプのタウスコアの正解率は95.0±0.02% (平均±標準偏差)だった。

図2 タウオパチーのタイプごとのタウスコア
図2 タウオパチーのタイプごとのタウスコア

図解説
2つの異なる認知症におけるタウ病変を疾患スコアにするため、検証ステップ(学習データとテストデータに繰り返し分けて最適化する)を含むAIによる分類モデルを作成し、学習用データと検証用のテストデータに分ける前の全データに対して、作成した線形モデル関数を用いてアルツハイマー型認知症患者、進行性核上性麻痺患者において疾患に特徴的な領域のタウPET集積値から個人ごとにタウスコアとして算出(プロット図)。それぞれ上のアルツハイマー病タウスコアのプロット図では0.34(点線)を境にすると100%の正解率となり、下の進行性核上性麻痺タウスコアのプロット図では0.11(点線)を境にすると96%の正解率であった。タウスコアの高かった方のタウPET画像を平均化することで、生体内での全脳のアルツハイマー病タイプのタウ蓄積パターンと進行性核上性麻痺タイプのタウ蓄積パターンを可視化することが可能となった。白矢頭は側頭葉、黄矢頭は前頭葉の一部、緑矢頭は淡蒼球付近、オレンジ矢頭は中脳を示す。

 

 タウスコアの高いアルツハイマー型認知症患者と進行性核上性麻痺患者のそれぞれのタウ蓄積パターンを平均化してみると、図2のとおり。前頭葉など一部に重なりがみられるところがあるが(黄色矢頭)、タウスコアを決定するためのAIモデルにおいて、アルツハイマー病タイプでは扁桃体など内側側頭葉をはじめとする白矢頭で示した大脳領域で、進行性核上性麻痺タイプでは淡蒼球(緑矢頭)や中脳(オレンジ矢頭)などで示した深部脳領域でタウ蓄積が認められた。このことから、アルツハイマー病タウスコアでは内側側頭葉などの大脳領域が、進行性核上性麻痺タウスコアでは深部脳領域が、それぞれ疾患分類に重要であることが確かめられた。

 次にそれぞれのタウスコアと臨床症状との関連をみたところ、アルツハイマー病患者と認知テストで失点があった健常高齢者のアルツハイマー病タウスコアが高いほど認知機能の障害が重度であり(図3)、進行性核上性麻痺患者の同タウスコアが高いほど運動障害が重度だった(図4)。

図3 タウスコアと認知機能の障害の関連

図解説
アルツハイマー型認知症患者(黒丸)と認知テストで失点があった健常高齢者(白丸)においてアルツハイマー病タイプのタウスコアが高いほど認知機能の障害が重度となり(左)、タウスコアで3群(A、 B、 C)にわけるとタウ蓄積する領域が大脳で広がっている(右)。縦軸のMMSE(ミニメンタルステート検査)は全般的な認知機能を評価する代表的な検査。rsはスピアマンの順位相関係数を示し、-1から1の間で0に近いほど相関がなくなり、-1や1に近づくほど相関が強いことを示す。(※白矢印は脈絡叢の非特異的集積)

図4 脳内タウ蓄積と運動および認知機能の障害の関連

図解説
進行性核上性麻痺患者(白丸)において進行性核上性麻痺タイプのタウスコアが高いほど運動機能の障害が重度となり(左)、タウスコアで3群(A、 B、 C)にわけるとタウ蓄積する領域が深部脳領域で広がっている(右)。縦軸のPSPRS(進行性核上性麻痺評価尺度)は運動機能をはじめとして病気の重症度を測定するための尺度。rsはスピアマンの順位相関係数を示し、-1から1の間で0に近いほど相関がなくなり、-1や1に近づくほど相関が強いことを示す。本来病気を区別するためにAIで計算したタウスコアが病気の重症度と有意な相関を示したことから、タウ病変の重要性が病気の診断にも症状にも関連している可能性が示された。(※白矢印は脈絡叢の非特異的集積)

 今回PET検査を行った症例とは異なる、すでに亡くなっている患者脳切片に対して、PM-PBB3の結合を検討すると、PET検査の結果と同様、淡蒼球や扁桃体には多量の脳内タウ蓄積を認め、PM-PBB3が結合していることが確認された(図5)。

図5 死後脳におけるタウ蓄積とPM-PBB3集積

図解説
アルツハイマー病の扁桃体では脳内タウ蓄積が多数存在し、PM-PBB3が結合している(オレンジ矢頭)(左)。進行性核上性麻痺の淡蒼球でも脳内タウ蓄積が多数存在し、PM-PBB3が結合している(オレンジ矢頭)(右)。(※白矢頭は自家蛍光を示す)

 研究グループでは、以上のようにAIが算出するスコアにより、アルツハイマー病患者、進行性核上性麻痺患者、健常高齢者の3者を95%以上の正確さで識別することが可能になったとした。スコアの高さと疾患の重症度はよく相関しており、進行度についてもスコアから客観的に評価できるという。また各画像解析は自動的に行われるため、複雑な操作も必要なく、認知症の全自動診断に向けた基幹技術がもたらされたと意義を示している。

※1 マルチアトラス法
複数人の脳の磁気共鳴画像(MRI)において脳の領域ごとに構造をあらかじめ決定した脳マップ(アトラス)の正解を示す教師となるデータとして、AIを用いて各被験者の脳MRIの脳構造を自動で同定する手法

※2 線形関数
ある1つの値が決まると、もう一つの値が決まる関係を関数といい、線形関数は、値を示す変数と変数の関係が直線的ということを意味する

※3 線形結合
線形代数の概念の一つで、ベクトル(大きさ、向きをもつ量)を定数倍して足し合わせたもの

論文リンク:A machine learning-based approach to discrimination of tauopathies using PM-PBB3 PET images(Movement Disorders)