生きた細胞内のタンパク質発現量を推定するAI技術を開発 サイトロニクス

 サイトロニクス(神奈川県川崎市)が、ファンケル(神奈川県横浜市)と共同で、培養した細胞の画像を撮影するだけで、生きた細胞内に含まれる複数種のタンパク質を推定できるAI技術の開発に成功したと発表した。培養した細胞を用いた研究に幅広く応用可能で、成分の有効性や安全性評価、老化のメカニズムなどの研究に活用できるという。

細胞内のタンパク質発現をAIで推定

図1 免疫染色像とAIが推定した細胞内のタンパク質発現量の比較 細胞内の抗酸化タンパク質(DJ-1)を免疫染色による発現量とAIで推定した発現量を示し、概ね近い状況であることを確認
図2 AIで推定したタンパク質発現量(横軸)と免疫染色から測定したタンパク質量(縦軸)を示し、両数値には有意な相関を示したことから、生きた細胞内のタンパク質はAIにより推定可能であることを確認

 現在、通常細胞内のタンパク質発現の観察には、免疫染色法※1が用いられている。免疫染色法は、ターゲットとするタンパク質を抗原抗体反応※2により染色して観察を行うが、同時に観察可能なタンパク質の種類は2から4種類までと限定されている。さらに実験過程で細胞を固定する必要があるため、生きたままの状態でのタンパク質の観察は不可能だ。

 この課題に対し両社は、細胞にダメージを与えず撮像可能な位相差法※3による細胞の画像(位相差像)と、免疫染色法により細胞内のタンパク質を可視化した画像(免疫染色像)を機械学習させ、位相差像から免疫染色像を推定するAIモデルを構築。その結果、このAIモデルによる位相差像から、生きたままの状態で特定のタンパク質発現量を示す免疫染色像を推定することが可能となったという。

※1 免疫染色法:細胞内の特定のタンパク質を抗原抗体反応により染色して可視化する技術。観察には細胞を固定(生体活動を止める)する必要がある。
※2 抗原抗体反応:抗原(主に体内のタンパク質)と、そのタンパク質にだけ反応する抗体が結合すること。
※3 位相差法:光学顕微鏡を用いて、光の回折、干渉を利用して、細胞内外の形態を観察するための方法。細胞を染色することなく、生きたままの状態で観察することが可能であり、細胞へのダメージも低いが、特定のタンパク質の発現量を観察することはできない。

 検証として、この手法を用いヒト表皮細胞による分化、炎症、老化、抗酸化に関わる細胞内に発現するタンパク質について検討を行なった。まず細胞の位相差像とそれぞれのタンパク質の免疫染色像を機械学習し、AIによる推定を行なった。その結果、免疫染色像から得られる各タンパク質の発現量と位相差像からAIが推定した発現量との関係がおおよそ一致しており、相関関係が確認されたことから、細胞内の発現量はAIにより推定可能であることが示された(図1、図2)。さらに、同手法を複数種のタンパク質に対して繰り返し行うことにより、1つの位相差画像から、複数のタンパク質を推定するAIモデルを構築した。

発現の経時変化をタイムラプス画像で確認可能に

図3 AIによる複数タンパク質の発現量の推定とタイムラプス画像 位相差像(左上)と細胞の核と細胞形状の蛍光像(右上)、およびAIによる分化(Hsp27, GAL7)、炎症(Interleukin-1α (IL-1α), IL-6, NFkB)、老化(p21, p53, β-galactosidase (GLB1))、抗酸化(DJ-1)の指標となる各タンパク質の推定像

 

 このAIモデルは、生きた状態で細胞内のタンパク質発現の経時変化をタイムラプス画像として見ることが可能であり、細胞内で起こるタンパク質の分化、炎症、老化や抗酸化などに関わる変化や、細胞の移動などの挙動と同時に時間を追って解析することに成功している(図2および動画)。両社は、この新たなAI技術は、老化メカニズムの解明、皮膚科学理論の構築や素材成分の有効性試験・安全性試験など広く応用可能としている。

論文リンク:Machine Learning-Enhanced Estimation of Cellular Protein Levels from Bright-Field Images(Bioengineering Machine Learning and Artificial Intelligence for Biomedical Applications, 2nd Edition)