国立長寿医療研究センターと大阪大学の研究チームが、立方体を模写してもらう検査だけで3~5 年以内の認知症進行リスクを高精度で予測するモデルを世界で初めて開発したと発表した。地域健診などにおける簡便かつ高精度な認知症早期スクリーニングツールとしての活用が期待されるとしている。
産業用の異常検知技術を応用し開発
早期アルツハイマー病を対象とした抗アミロイドβ抗体薬の登場で、認知症に進行する前段階での早期発見が重要な課題となっている。そのためのさまざまな検査法が普及しているが、Cube Copying Test(CCT)※1は、検査用紙の上部に描かれた見本の立方体を参照しながら空いたスペースに鉛筆で模写する、 3 分程度で実施可能な簡便な検査として知られている。
現状は受検者が模写した立方体の絵を専門家が目視で評価しているが、経験や主観に左右されやすく精度に課題がある。そのため、CCT は単独ではなく認知症スクリーニング検査の一部として補助的に用いられている。また、「認知機能は正常でも加齢等の生理的な老化によって生じる描画の歪み」なのか「認知症の前兆としての病的な歪み」なのかを見分けることが難しいという別の課題もある。
図 2の各画像の左下に表示された数値(PatchCore スコアは、AIで学習された「認知機能が正常な人の描画パターン」からの逸脱度を示し、値が高いほど大きなずれがあることを意味する。また、図の色分け(ヒートマップ)は「青」がずれのない部分、「黄」が小さなずれ、「赤」が大きなずれを表し、どの部分に病的な歪みが現れているのかを一目で理解できる。
研究チームは今回、国立長寿医療研究センター もの忘れ外来を受診した 767 名の CCT 描画データを使用し、描画された立体から「生理的な老化によって生じる歪み」と「認知症の前兆としての病的な歪み」を高精度に区別する特徴を抽出する AI(人工知能)の開発に成功した。産業分野で開発された AI 異常検知技術「PatchCore」※2を応用したもので、世界で初めて、CCTの描画のみで 3~5年以内の認知症進行を AUC(Area Underthe Curve)※3 0.85 という高精度で予測できるという。
この結果から研究チームは、将来的に認知症へ進行する人には特徴的な描画の歪みがすでに出現していることが明らかになったとし、地域健診などにおける簡便かつ高精度な認知症早期スクリーニングツールとしての活用が期待されると展望を示している。
※1 立方体模写検査(Cube Copying Test; CCT)
見本の立方体図形を参照しながら紙に模写する認知機能検査。認知症では、物の形や位置、奥行きなどを正しく認識し、構成する能力が早期から低下するため、このような図形模写検査は認知症スクリーニング検査の一部として取り入れられ、臨床で広く活用されている。
※2 PatchCore(パッチコア)
産業分野で製品の外観検査などに用いられる AI 異常検知モデル。少量の正常画像を学習するだけで、未知の異常を高精度に検出できるのが特徴。2021 年に主要ベンチマークデータセットで最高性能を記録した。
※3 AUC(Area Under the Curve)
検査や予測モデルの精度を評価する指標。値は 0 から 1.0 の間で示され、1.0 に近いほど対象疾患(本研究では認知症)の有無を正確に識別できる能力が高いことを意味する。