他臓器の腺がん検出モデルから、前立腺がん検出モデルを創出
同社によると、今回開発した前立腺がん検出AIは、同社で既に開発済みの「大腸低分化腺がん検出AI」が一定の精度で前立腺癌細胞を検出できることが分かったため、このモデルをもとにする「転移学習」で開発したという。国内の複数の医療機関から前立腺針生検組織標本の提供を受け、partial fine-tuning法(Proceedings of Machine Learning Research 143:338-353, 2021)による転移学習を行ったうえで、教師データとは異なる検証症例ならびに公的データベース(TCGA)からの症例を参照し精度の検証を行った。結果、ROC-AUCが0.967以上という極めて高い判別能が得られた。また、人工知能が検出した前立腺癌を示唆する領域(ヒートマップ)は、複数の病理医による検証の結果、妥当であることも確認された。
同社では、今回の研究成果は、希少性の高い医用画像でも効率的に人工知能の開発が行える可能性を強く示唆したとしており、今後、開発した人工知能モデルの検証を複数施設並びに大規模症例にて行い検証を進めるという。以下、共同研究者である栃木県立がんセンター病理診断科の阿部信氏のコメント。
本研究の意義と今後の展望について
栃木県立がんセンター 病理診断科
阿部 信前立腺は膀胱の下で尿道を取り囲むように存在するクルミ大の臓器です。検診などでPSAが高値を示し臨床的に癌の存在が疑われたならば、経直腸的あるいは経会陰的に前立腺に針を刺して組織を採取してくることになります。針生検1本では癌を検出できない可能性が高く、多くが12本程度、施設によっては20本を超える検体が採取されることもあります。胃や大腸からの生検であれば米粒サイズの組織片1つで癌の診断が得られることが多いですが、前立腺生検は1.5cm程度の細長い検体を合計12本以上見ることになります。そしてそれぞれの検体に対して癌の有無、癌が存在しているのであればその評価(Gleason score)を記載することになります。前立腺生検の診断は、他臓器の生検の診断と比べて量的負担が圧倒的に高く、病理医にとって時間の取られる検体の一つです。病理医の負担を少しでも軽減でき、なおかつダブルチェックの機能を担える相棒のようなAIを作りたい、それが本研究の出発点です。
本研究の注目すべきポイントは大きく分けて2つあります。
1つ目は、複数の医療機関の検体を用いた検証の結果、前立腺針生検の腺癌検出系として、ROC-AUC 0.967以上を達成していることです。開発した病理AIモデルの検証を、異なる3病院の検体、そして公的データベースであるThe Cancer Genome Atlasを用いて実施したところ、いずれでも良好な成績を得ています。通常、各病院によってHE染色の染まり方や組織の厚みが異なることはしばしば経験されることですが、今回開発を行った病理AIモデルでは、日常業務に問題なく使えているHE染色のデジタルスライドであれば安定して高い精度で前立腺癌の検出を行うことが可能です。
2つ目は「転移学習」と「弱教師あり学習」という2つの手法を組み合わせたことで、比較的短時間かつ少数の症例で検出モデルの作成が可能であったということです。従来、腺癌検出系の開発には膨大な手間がかかりました。過去には、バーチャルスライド数千枚に対して、病理医が癌細胞を丸でひたすら囲み正常腺管と分け…という気の遠くなるような作業が必須でした。本研究では、すでに開発された他臓器の腺癌検出モデルから前立腺癌の検出に最もフィットするモデルを選び、前立腺用にチューンアップすることで検出モデルの開発に成功しています(転移学習といいます)。病理医は個々の癌腺管をマーキングすることなく、癌が存在するかしないかの情報を付加しただけです(弱教師あり学習といいます)。2つの手法を組み合わせたことで、従来かかっていた開発の手間や作業を大幅に削減することに成功しています。これはまた、既存の病理AIモデルが有機的に結合しながら新たなモデルの開発へと繋がっていく、そんな可能性を示唆しています。
病理診断支援AIと共に日常の病理診断を行い、手間が省け見落としも防ぐことができる、そんな未来が訪れることを願ってやみません。今後も新たなモデルの開発は続きますが、増え続ける診断業務の一端を担えるようなAIの出現はすぐそこにあると信じています。