難治がんとして知られるスキルス胃がんに対する、有効な治療薬開発の手がかりになり得る研究成果が日本の研究グループから発表された。患者のがん細胞などを全ゲノム解析した結果、既存の分子標的薬の有効性を示唆する結果が出たほか、新たに有効な治療薬開発の手がかりとなる発見が得られたという。
患者からがん細胞、RNAを採取し全ゲノム解析など実施
研究成果を発表したのは国立がん研究センター研究所の細胞情報学分野(間野博行分野長)および基盤的臨床開発研究コアセンター創薬標的・シーズ探索部門(佐々木博己研究員)、慶應義塾大学医学部病理学教室(金井弥栄教授)からなる研究グループ。スキルス胃がんは、膵臓がんなどと並び最も予後の悪いがん種と考えられている。しかし腹膜播種を来すことが多いため手術があまり行われず、また検体を入手できても線維化が強くがん細胞の含有割合が低いため、ゲノム異常や発がん機構はこれまでほとんど明らかにされていない。
そこで今回、研究チームは高純度の試料を得るため、腹膜播種からがん性腹水を来した患者の腹水中のがん細胞を採取し、これらに対し全ゲノム解析を含む網羅的マルチオミックス解析を実施。スキルス胃がんの病態解明と治療標的の同定を試みた。具体的には、試料よりゲノムDNA、RNAを調製し、これらに対し全ゲノム解析、次世代シークエンサーによる配列解析、網羅的メチル化解析※1、網羅的エンハンサー解析※2などのエピゲノム解析も行ない統合的な解釈を試みたという。
その結果、大きく分けて2つの成果が得られた。ひとつは既存の分子標的薬がスキルス胃がんの治療に有効な可能性があることが分かったことだ。全ゲノム解析の結果、細胞増殖の重要な制御系である受容体型チロシンキナーゼ—RAS—MAPK 経路の遺伝子群に高頻度にがん化変異(増幅)が認められ、中でも、KRAS(全症例中 19.4%)、FGFR2(11.2%)、MET(7.1%)、ERBB2(5.1%)および EGFR(4.1%)、EML4-ALK 融合遺伝子が 2 例、甲状腺がんで認められる AGK-BRAF 融合遺伝子が 1 例発見されたという。
重要なことは、これらの異常の多くに対応した分子標的治療薬が既に開発・実用化されているということ。ALK阻害剤(アレクチニブ)、MET 阻害剤(カプマチニブ)、FGFR2 阻害剤(インフィグラチニブ)はそれぞれ非小細胞肺がん、胆管がんに対する分子標的薬としてすでに臨床応用されている。研究チームはそこで、EML4-ALK、MET、FGFR2 各遺伝子の増幅異常をもつ細胞株をマウス腹腔に接種しモデルマウスを作成、それぞれの分子標的薬を経口投与した結果、腹膜播種が速やかに消失することを確認した。
また2つめの大きな成果として、研究グループは新しい治療薬の方向性も発見した。試料の遺伝子発現を解析すると大きく2つに分かれ、その1つはこれまで分かっていなかった細胞増殖や器官のサイズを制御する「Hippo 経路」の転写因子群 TEAD1、WWTR1(TAZ)の高発現を示していたという。このカスケードに対する研究は一部で行われているがまだ実用化された薬はない。
研究グループは、研究目的で調製されるTEAD1-4阻害剤をモデルマウスに経口投与したところ、がん細胞の増殖が抑えられたことを確認した。さらに、Hippo経路と同様に細胞増殖制御などを司る「MAPKシグナル伝達カスケード」の阻害剤も同時投与したケースでは、さらに強いがん細胞死が誘導されたという。
研究グループはこれらの成果により「スキルス胃がんの詳細なゲノム異常が明らかになった」としており、またマウス実験で多くの分子標的薬の有効性も確認されたことから、今後はがん遺伝子パネル検査への実装や分子標的治療薬の開発への展開が期待されるとしている。研究成果は16日付で「nature cancer」に掲載された。