国立がん研究センターは2017年5月26日、働きながら治療を受けているがん患者の労働生産性を、iPhoneアプリで調査する研究を始めたと発表した。勤務時のパフォーマンスや体調、副作用などを定期的にアプリを通じて収集し、療養環境改善のための指標を構築することを目指す。アプリは、Appleが提供している医療や健康に関する研究用オープンソースフレームワーク「ResearchKit」を活用している。
3つの評価ツールを採用、 患者以外からもデータ収集
アプリは大きく分けると生活や労働の質の定期的な調査、治療や副作用など療養・治療状況の記録、参加者データの統計を閲覧できるビューワー機能からなる。参加者は年齢、性別等基本的な情報を入力した後、以下の質問に定期的に答えていくことになる。
-
毎日、2分程度の体調に関する質問
-
毎週、2個の労働時間に関する質問
-
4週ごとに9個の労働とパフォーマンスに関する質問
毎日の体調に関する質問には、近年各国語に訳され普及しつつある、QOLに関する評価尺度「WQ-5D-5L質問票」の日本語版を採用。毎週と4週ごとの質問には、世界保健機関(WHO)が公開している「健康と労働パフォーマンスに関する質問紙(WHO-HPQ:短縮版)」を活用している。
また療養・治療情報に関しては、副作用の記録に米国国立がん研究所より発行されたPRO-CTCAE日本語版を使用した。がんの臨床試験において通常用いられる有害事象の評価方法に適応し、自己評価に基づく有害事象を測定するためのツールで、東北大学、東京大学、Japan Clinical Oncology Group (JCOG)にて共同開発され、2017年2月に公開されたものだ。
その他、記録したデータの統計を見る画面では、自分の記録の統計が見られるほかに、同じ病気、または同世代の参加者の労働のパフォーマンスの平均値も見ることができる。
なおこのアプリで使われている「パフォーマンス」とは、労働生産性の学究で使われる概念である「プレゼンティーズム(presentism)」のことだ。オフィスや勤務場所に行くことができない状態(欠勤、早退等)を示す「アブセンティズム(absentism)」の対となる概念で、職場に行くことはできるが、体調が起因してパフォーマンスが低下している状態を指す。近年、日本でも企業の健康経営を促進するためのQOL指標のひとつとして注目されており、東京海上日動健康保険組合が発表した研究によると、労働生産性損失コストの多くはプレゼンティーズムに起因するという。アブセンティズムによる労働生産性の低下よりも、プレゼンティーズムによる方が低下の度合いがより大きいという統計も出ており、さらなる研究が待たれる状況だが、がんによる治療中のプレゼンティーズムに関する研究はほとんど行なわれていないのが実状だ。
今回の無料アプリによる研究は、がん患者ではない一般の方も広く参加できる。幅広く普及しているスマートフォンを通しての研究参加というスキームが、がん患者のQOL向上や社会参加の促進に繋がる研究成果を示せるか注目される。