京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と武田薬品らの研究グループは、新薬の候補物質の探索を高精度・迅速に行える新たなアルゴリズムを開発したと発表した。このアルゴリズムとALS(筋萎縮性側索硬化症)患者から作成したiPS細胞を使い、治療に有望な化合物について探索と検証を行ったところ、既存薬よりも効果を望める可能性を持つ化合物を特定できたという。
熱拡散の様子を指標化して候補物質を予測する新しいアルゴリズム
難治性疾患には、まだ治療法・治療薬が見つかっていないものが多くあり、新薬開発が切実に望まれている。しかし新薬の候補となる化合物は数百万個あり、迅速な開発の壁となっている。近年はこの候補物質の探索にかかる時間を、機械学習をはじめとしたテクノロジーで短縮する試みが多く行われているが、CiRAと武田薬品を中心とした研究グループは、数学解析の知見に基づく新しい熱拡散方程式(HDE)モデルを開発した。
HDEモデルは、熱拡散の様子を計算式に表し、対象とする化合物の有効性をスコア化することで候補化合物を予測する人工知能のひとつで、偏微分方程式論という数学解析からの知見に基づいたもの。一般に公開されている化合物スクリーニングのデータベース(PubChem)を用い、HDEモデルの予測精度を評価したところ、多くのデータセットでAUC0.7以上と高い精度を持つことが確認されている。
ALS患者由来のiPS細胞を使い、候補物質の有効性検証
研究グループは開発したアルゴリズムを、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の新薬候補物質探索に応用した。具体的にはまずALS患者由来のiPS細胞から、運動神経細胞を作製。約50,000個の化合物との反応を直接見ることで細胞死を抑制する効果を持つかスクリーニングを実施し、その結果をHDEモデルの学習に投入。こうしてブラッシュアップしたHDEモデルを使って、200万個の化合物に対しシミュレーションを実施した結果、モデルは5,875個の化合物を抽出した。
最後に、評価用として再度、約30株のALS患者のiPS細胞から運動神経細胞(iPSパネル)を作製。このパネルを用い、HDEモデルで抽出した5,875個の化合物を評価したところ、既にALSの治療薬として認可されているリルゾールやエダラボンよりも細胞死抑制効果が強く、多くのALS患者運動神経細胞に効果を示す化合物が同定できた。これらの化合物は、これまでに知られていなかった化合物の特徴(ケモタイプ)を保有しており、ALSに対する全く新規の薬剤開発のシーズとして、利用されることになった。研究グループでは、この成果は熱拡散方程式の創薬へのはじめての応用であり、今後の人工知能を用いたAI創薬に貢献することが期待されるとしている。なおこの研究成果は、2020年11月12日午前1時 (日本時間)に米国科学誌「Patterns」でオンライン公開されている。
外部リンク(論文):Prediction of Compound Bioactivities using Heat Diffusion Equation(Patterns)