放射線医学総合研究所、順天堂大らの研究グループは、認知機能障害と運動機能障害をきたすとされる物質「タウ」を可視化し、その脳内における蓄積量が病気の進行の速さと関連すること、またタウの蓄積にはさまざまな遺伝的・環境的要因が影響することを明らかにした。現在この可視化技術を用いて薬物の臨床試験を行っているという。
タウ蓄積と疾患進行の相関関係も判明
研究成果を発表したのは、量子科学技術研究開発機構(以下 「量研」)放射線医学総合研究所 脳機能イメージング研究部の島田斉主幹研究員、樋口真人次長、順天堂大 脳神経内科の西岡健弥准教授、服部信孝教授らの研究グループ。
これまで、前頭側頭型認知症患者の死後脳を解析した研究では、脳内の病理変化としてタウ注1蓄積が認められることが確認されていたが、臨床症状や病気の進行の速さとの関連は十分には明らかになっていなかった。研究グループでは、量研で開発した生体脳でタウを可視化するPET技術注2を用い、単一の遺伝子異常によりタウの脳内蓄積が起こる遺伝性の前頭側頭型認知症(17番染色体に連鎖する家族性前頭側頭型認知症パーキンソニズム:FTDP-17)の患者を対象に、タウ蓄積の量や分布と、臨床症状ならびに症状進行の速さとの関連を調べた。
その結果、遺伝的素因がよく似ていても、家系によって病気の進行の速さには個人差が大きいことが分かった。さらに病気の進行が緩やかな家系においては、タウ蓄積が脳幹部や側頭葉内側部など一部の脳領域に限定され蓄積量も比較的少なかった一方で、病気の進行が速い家系においては、広範な脳領域にタウが多く蓄積していることを発見した。これはタウの脳内蓄積が前頭側頭型認知症の多様な臨床症状に関与していることを示すだけでなく、タウの脳内蓄積には単一の遺伝子異常だけでなく、さまざまな遺伝的・環境的要因が影響し得ることを示唆するものだ。今後、多くの認知症や神経難病において、多様な臨床症状をもたらす脳の病態解明が進むと期待される。
またタウを可視化する技術は、タウの脳内蓄積を認めるさまざまな認知症や神経難病の診断や、神経障害に関与するタウの蓄積を抑える治療薬の効果判定、開発における有用性が期待されるとする。現在研究チームはこの技術を用い、脳内にタウが蓄積することで認知機能障害と運動障害が出現する神経難病を対象に、脳内タウ蓄積を抑えることが期待される薬物の治療効果を調べる臨床試験を行っている。この成果は、当該分野においてインパクトの大きい論文が数多く発表されている米国の科学誌「Movement Disorders」のオンライン版に掲載された。
※1 タウ
神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質。細胞内の骨格形成と物質輸送に関与している。アルツハイマー型認知症をはじめとする様々な精神神経疾患において、タウが異常にリン酸化して細胞内に蓄積することが知られている。※2 PET
陽電子断層撮影法(Positron Emission Tomography)の略称。身体の中の生体分子の動きを生きたままの状態で外から見ることができる技術の一種。特定の放射性同位元素で標識したPET薬剤を患者に投与し、PET薬剤より放射される陽電子に起因するガンマ線を検出することによって、体深部に存在する生体内物質の局在や量などを三次元的に測定できる。