手から生体信号を腰椎へバイパスする非侵襲の人工神経接続システムを開発 東京都医学総合研究所など
いわゆるブレイン・マシン・インターフェイスの研究で知られる東京都医学総合研究所の西村幸男氏（脳機能再建プロジェクトプロジェクトリーダー）らの研究グループが、非侵襲で脳から脊髄へ信号をコンピュータで橋渡す人工神経接続システムを開発し、歩行できなくなった脊髄損傷者の足の運動が回復したことを確認したと発表した。外科手術ができない人やそれを望まない人にも適用できる、新しい非侵襲的なリハビリテーション法となる可能性が示されたとしている。
手の生体信号を磁器刺激装置用のパルスに変換、安全に信号をバイパス
研究成果を発表したのは、東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクト 田添歳樹主席研究員、西村幸男プロジェクトリーダー、相模女子大学 笹田周作教授、千葉県千葉リハビリテーションセンター 村山尊司 リハビリテーション治療部長、福島県立医科大学 宇川義一名誉教授らの研究グループ。
脊髄が損傷すると、脳から脚を動かす命令がうまく伝わらなくなり、下半身麻痺（対麻痺）となる。しかし脚の筋を動かす神経の集まった脊髄の部分（腰髄）に損傷がなければ、脳とその部分を再びつなげることで、麻痺した脚を自分の意思で動かせる可能性がある。この解決のため、国内外のさまざまな研究グループが動かすための脳からの生体信号を「バイパス」する技術の研究を行っている。ただ先行研究の多くは脳や脊髄に電極を埋め込む外科手術を必要とする「侵襲的な方法」に限られている。
そこで研究グループでは、非侵襲で人工神経接続を実現するシステムを開発し（図1）、その能力を検証した。具体的には、脊髄損傷の影響のない手の筋肉の信号（筋電図）を、皮膚上に貼り付けた無線の筋電図センサーで記録しパルス信号に変換、体表面から安全に神経や筋肉を動かすことが可能な磁気刺激装置へ繋げるシステムとなっている。
このシステムを、脊髄損傷の受傷後半年または１年以上が経過し、通常のリハビリテーション法では機能回復が見込まれない慢性期の患者に装着してもらい、安全性やその能力を検証した。今回は脚を動かす神経の集まった腰髄を狙い、背中側から磁気刺激を行うこととし、研究対象者がベッド上で横向きの姿勢で横たわり、両脚を天井から吊るした足置きに固定された状態で検証を行った（図2A）。
結果、被験者が手の筋収縮をリズミカルに繰り返すと、開発したシステムを介し連動した磁気刺激が腰髄の神経の働きを促すことで、左右の脚がまるで歩いている時のようなステップ運動を開始することが分かった（図2A）。また、手の筋収縮の強さやリズムを調整することで、磁気刺激により生み出されるステップ運動の歩幅やリズムをコントロールすることが可能だった（図2B）。
研究チームの発表によると、さらに、人工神経接続システムを介した磁気刺激によるステップ運動を繰り返すことで、脚の運動機能が高まることも明らかになったという。脊髄の損傷が磁気刺激を与える腰髄よりも高い位置にある頸髄損傷や胸髄損傷の被験者では、人工神経接続システムにより、生み出されるステップ運動が測定を繰り返すごとに大きくなっていくことが示された（図3C）。それだけでなく、測定前は自力ではわずかにしか動かすことのできなかった両脚が、測定を繰り返した後では、人工神経接続システムがない状態でも大きく動かせるように本来の運動機能が改善していることも分かったとしている（図3D）。
この本来の下肢運動機能の改善は、測定前に少しでも脚を動かすことのできた、いわゆる「不全麻痺」の患者に限られていたことから、人工神経接続システムを介した腰髄への磁気刺激は、脊髄損傷後もわずかに残った脳と腰髄を繋ぐ神経の働きを強化することで、運動機能の改善を導いた可能性があるという。