早期発見が難しい膵臓がんの検出に、新たなバイオマーカー確立の可能性が出てきた。日本の研究グループが尿中に含まれるマイクロRNAをAI(人工知能)で解析することで、早期の膵臓がん検出において既存検査より良好な結果が得られたと発表した。結果を受け研究グループでは関連クリニックでの実用化を検討するという。
既存バイオマーカー「CA19-9」より良好な結果
研究成果を発表したのは、慶應義塾大学医学部がんゲノム医療センターの西原広史教授、加藤容崇特任助教、北斗病院腫瘍医学研究所・次世代医療研究科の馬場晶悟研究員(筆頭著者)、Craif株式会社市川裕樹 CTO(名古屋大学未来社会創造機構客員准教授)、安東頼子名古屋大学未来社会創造機構特任講師(研究当時)らの研究グループ。
膵臓がんは進行が早いうえに症状が出にくく、早期発見が難しいがんとして知られる。現在の検査法も、特に早期ステージに関しては高精度に検出できる手法が存在しない状況で、そのため全がん種のなかでも極めて予後が悪く、早期発見を可能にする新しい検査法の開発が社会的にも喫緊の課題となっている。
今回、研究グループはがん細胞の活動や増殖・転移に深い関わりがある細胞外小胞体※1とマイクロRNA※2に着目し、尿中の細胞外小胞体を濃縮して多量のマイクロRNA を抽出、網羅的に解析できる新しい非侵襲的検査を開発した。この方法で得られた尿中マイクロ RNA データを用い機械学習モデルを構築することで、高精度に膵臓がんの検出が可能なアルゴリズムを開発することに成功したという(図 2)。
具体的には、5つの異なる施設(北斗病院、川崎医科大学附属病院、国立がん研究センター中央病院、鹿児島大学病院、熊谷総合病院)から登録された膵臓がん患者153名と、2つの異なる施設(北斗病院、大宮シティクリニック)から登録された健常者309名の尿サンプルを解析。感度と特異度のバランスが最も良いカットオフ値を設定した場合、尿マイクロ RNA 検査の特異度は 92.9%でステージI/IIA の感度は92.9%、全体の感度は88.2%だった。今回登録された膵臓がん患者のうち140例では従来の血液マーカーであるCA19-9※3を測定しており比較したところ、CA19-9は早期ステージほど予測能が低い傾向があり、ステージI/IIAの感度は37.5%、全体の感度は63.6%だった(図3)。研究グループでは、早期ステージにおける膵臓がんの検出性能は、尿中マイクロ RNA がより優れていることが明らかになったとしている。
また研究グループでは、副次的な発見として、尿中マイクロ RNA ががん細胞からだけではなく、がん細胞周辺の微小環境※4からの情報も反映している可能性が示唆されたとしている。早期ステージの段階では腫瘍が小さいことから、検出の根拠となる分泌物は少ないことが考えられるが、尿マイクロ RNA をマーカーとした検査であれば微小環境も含めた包括的な情報を活用することができ、検出精度が高まっていると考えられるという。
今回、精度が確認された検査法は尿を用いるため非侵襲かつ簡便に実施可能であり、自宅での検査も実施できる。そのため集団スクリーニングや、医療資源が少ない地域での検査実施が期待できる。研究グループのうち慶應義塾大学は、今後麻布台ヒルズの予防医療センターにおいて本検査の導入を検討する予定だという。
※1 細胞外小胞体
細胞が分泌する直径40〜5,000nm の小胞体。
※2 マイクロRNA
生体機能を制御する小さなRNA。細胞内には多種類のマイクロRNA が存在し、さまざまな生体機能を調節している。
※3 CA19-9
膵臓がんや胆道がんなどの診断や治療効果のモニタリングに使用される血 液中の腫瘍マーカー。膵臓がんの進行とともに血中濃度が上昇することが知られているが、早期段階では感度が低く、膵臓がんの早期診断には限界があるとされている。
※4 がん微小環境:
がん細胞の周囲に存在する正常な細胞、血管、免疫細胞、細胞外マト リックスなどの総称で、がん細胞の成長や転移に影響を与える環境のこと。この 微小環境は、がん細胞との相互作用を通じて、がんの進行、治療抵抗性、免疫応答の制御に重要な役割を果たしているとされる。