100分の1濃度の抗がん剤でがん細胞死滅に成功、光誘導による新手法開発 大阪公立大

 副作用をおさえ奏効率を上げる観点から、必要最低量の薬剤を患部にのみ選択的に届ける「Drag Delivery System(ドラッグデリバリーシステム)」の研究開発が盛んだが、大阪公立大学の研究グループが、赤外光による誘導をベースとした新手法で、従来の100分の1の濃度でがん細胞を死滅させることに成功したと発表した。研究グループでは臨床応用のほか、創薬プロセスの効率化にも寄与するとしている。

赤外線レーザーで薬剤濃縮

 

 

図1
図2 R8-PADの細胞内導入の光誘導加速の実験結果。 (a) 50 nMレーザー照射あり、(b) 50 nMレーザー照射なし、(c)5μMレーザー照射なし。

 研究成果を発表したのは、大阪公立大学 研究推進機構 協創研究センター LAC-SYS研究所の中瀬 生彦 所長補佐、飯田 琢也 所長、床波 志保 副所長らの研究グループ。今回、超放射の補助による光誘起対流を用い、細胞透過性ペプチド(CPP)を含む生体機能性分子の細胞膜への集積と透過性向上を実現し、1000分の1程度のnmol/L(10-9 モル/リットル)レベルでの光誘起集合のドラッグデリバリーシステムへの応用を実証した(図1~図2)。細胞培養液中の生細胞の周りに光発熱集合を誘起するために、プラズモニック超放射※1を示す高密度に金ナノ粒子を固定したガラスボトムディッシュ※2、または金薄膜をコーティングしたガラスボトムディッシュに、生体へほとんど吸収されずダメージを与えない波長1064 nmの赤外レーザー(出力:100 mW~400 mW)を10倍対物レンズで100秒間集光し、基板上の細胞から100μmほど離れた位置にある目的の生細胞付近に分子を濃縮させた。

 細胞内小器官であるミトコンドリアだけを染色する「MitoTracker」という低分子を用いた実験では、従来の自然の細胞内導入では500 nmol/L以上必要であり、図1のレーザー照射点から離れた場所での比較実験結果から、100分の1に相当する5 nmol/Lや1000分の1に相当する500 pmol/Lのような低濃度では、ほとんど細胞内に入らずミトコンドリアを染色できていないことが確認できる。一方でレーザー照射点付近の実験結果では、わずか1000分の1の濃度である500 pmol/Lでも光誘起バブル近傍の細胞内のミトコンドリアだけを選択的に染色できることを明らかにした(図1)。さらに、光誘導加速により従来法よりも100分の1の濃度に相当する50 n mol/LのR8-PADを用いて細胞死への誘導に成功した(図2)。

 研究グループはこの成果について、プレシジョン・メディスン(精密医療)やテーラーメード医療など創薬・医療分野へのブレークスルーを与え得るものであるほか、高価な新薬の細胞試験における薬剤量を大幅に削減することによる低コスト化や、創薬プロセスの加速にもつながるとしており、現在、研究成果の基礎部分の特許取得を進めている。今後は製薬企業らとの共同研究も視野に入れるという。

※1 プラズモニック超放射
金属はその内部を電子が自由に走り回ることができるため高い導電性や金属光沢を示すことは良く知られている。一方で、金属から成る100ナノメートル(nm: ナノメートル=100万分の1ミリメートル)以下のサイズ、いわゆる金属ナノ粒子では内部の表面近傍に束縛された自由電子が「局在表面プラズモン」と呼ばれる状態を形成する。金属ナノ粒子が高密度に集積すると、各粒子中の局在表面プラズモンが光電磁場を介して相互作用することで光散乱効率が高まると同時にスペクトル幅が増大し、分極間相互作用による長波長シフトも起こる。例えば、可視域に含まれる500~600ナノメートルに共鳴波長を有する金ナノ粒子が高密度に集積した場合には、赤外波長のレーザーに対する散乱だけでなく吸収も増大することを、これまでの理論研究で明らかにしている。

※2 ガラスボトムディッシュ
細胞培養用の小型容器で中心付近に直径12mm程度の小さな円形の1 mm程度の深さの窪みがあり、その部分に細胞と培養液を保持できる。

論文リンク:Light-induced condensation of biofunctional molecules around targeted living cells to accelerate cytosolic delivery(Nano Letters)