国立精神・神経医療研究センター(NCNP)、国際科学振興財団(FAIS) 情報環境研究所の共同研究グループが、人間の耳に音として感じることのできない20kHz以上の超高周波を豊富に含む音が、ブドウ糖負荷後の血糖値上昇を顕著に抑制することを世界で初めて発見したと発表した。また、またこの抑制効果は、年齢の高い人やHbA1cの高い人など、糖尿病のリスクが高い人でより顕著に認められたという。
超高周波成分がもたらす効果を経口ブドウ糖負荷試験で確認
研究成果を発表したのは、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第七部の本田学部長、国際科学振興財団(FAIS) 情報環境研究所の大橋力所長、河合徳枝特任上級研究員らの共同研究グループ。うつ病や不安障害といった心の病気だけでなく、糖尿病や高血圧などの生活習慣病に対してもストレスマネージメントが重要であることが広く知られているが、ストレスの原因や対処法は人によって大きく異なるため、現在は心理的・主観的なアプローチが主体となっている。研究グループはこれまでの研究の中で、人類の遺伝子や脳が進化のなかでつくられた熱帯雨林の自然環境音や、さまざまな文化圏の音楽には、人間の可聴域上限である20kHzを超え100kHzに及ぶ超高周波が豊富に含まれるのに対し、都市の環境音やCD・デジタル放送の音声信号にはそうした自然由来の超高周波がほとんど含まれないことを明らかにしてきた。さらに、超高周波を豊富に含み複雑に変化する音は、自律神経系や内分泌系の中枢である中脳や間脳、およびそこから前頭葉に拡がる報酬系神経回路の脳血流を増大させ活性化するとともに、免疫能を高め、ストレスホルモンを低下させる効果をもつことを発見、「ハイパーソニック・エフェクト」※として報告してきた。こうした先行研究を経て、今回、自然環境音に含まれる「人間の耳に聴こえない超高周波」が、内受容感覚や自律神経系と密接な関係のある耐糖能におよぼす影響を、糖尿病の標準的な検査法である経口ブドウ糖負荷試験を用いて検討した。
研究グループは、糖尿病の治療を受けていない健康な研究参加者25名を対象とし、以下の3つの異なる音条件のもとで経口ブドウ糖負荷試験を実施した。
1.超高周波を豊富に含む自然環境音(Full-range sound; FRS)
2.同じ自然環境音から20kHz以上の超高周波を除外した音(High-cut sound; HCS)
3.暗騒音のみ(No sound; NS)。
標準的な経口ブドウ糖負荷試験の手順に従って、75グラムのブドウ糖を含む溶液を飲んだ後、15分ごとに2時間血糖値を計測し、音条件の違いによってブドウ糖負荷後の血糖値上昇がどのように変化するかを調べた。その結果、超高周波を豊富に含む自然環境音(FRS)を聴いている時には、全く同じ音から超高周波だけを取り除いた自然環境音(HCS)を聴いている時や、暗騒音のみの時(NS、通常の検査環境)と比較して、ブドウ糖を摂取した後の血糖値の上昇が顕著に抑えられることが明らかになりました(反復測定分散分析による音条件主効果P = 0.000012, FRSとHCSの比較 P = 0.000012, FRSとNSの比較 P = 0.0018; P値は結果が偶然発生する危険率を表し、通常はP < 0.05で統計的有意とみなす)。
次に、耐糖能異常のリスクと超高周波による血糖値上昇の抑制効果との関係を明らかにするため、研究参加者を半分ずつ高年齢群(59歳以上)と低年齢群(58歳以下)に分けて別々に解析した。血糖値上昇の全体像を捉えるため、ブドウ糖負荷後の血糖値曲線の下の面積(Incremental Area Under the Curve: iAUC)を指標として用い、音条件間で比較しました。その結果、音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果は、高年齢群でのみ観察され(音条件主効果 P = 0.013)、低年齢群では観察されなかった(音条件主効果 P = 0.74)。
さらに、実験時に簡易計測したHbA1c(過去1〜2ヶ月間の血糖値を反映し、日常の血糖値が高いほど高値を示す)の値により、高値群(HbA1c 5.5〜6.5%)と低値群(HbA1c 4.5〜5.4%)との半分に分けて別々に解析したところ、音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果は、HbA1c高値群でのみ観察され(音条件主効果 P = 0.0081)、HbA1c低値群では観察されなかった(音条件主効果 P = 0.23)。
研究グループは、これらの研究成果は、人間の耳に聴こえない超高周波を豊富に含む音が、耐糖能異常の潜在的なリスクが高い人の血糖値上昇を抑制することを示しており、糖尿病の予防に繋がることが期待できるとしている。
※ハイパーソニック・エフェクト:
研究グループが先行研究の成果から提唱した概念。人間が音として感じることのできる周波数の上限20kHzを超えた高周波成分を豊富に含み複雑に変化する非定常な音が、それを聴く人の中脳・間脳と、そこを拠点として前頭葉に拡がる報酬系神経回路を活性化することにより、音を美しく快く感じさせるとともに、そうした音をより強く求める接近行動を引き起こし、同時に免疫系の活性化やストレスホルモンの低下といった全身の生理反応を導く現象とされる。この発見は、現在のハイレゾリューション・オーディオ(ハイレゾ)開発のきっかけとなったとされる。一方、ハイレゾ規格が人間の可聴域にのみ対応したCD規格より広帯域・高解像度であるとはいえ、ハイレゾであることはハイパーソニック・エフェクト発現を促す十分条件ではない。その音源にハイパーソニック・エフェクトを導く音響構造(40kHzを超え時として100kHzをも超え、ミクロな時間領域の複雑なゆらぎ構造をともなう豊富な超高周波成分)が含まれ、それが聴取者の体表面に十分な強度で到達していることが必要であるという。