近赤外蛍光を利用し心臓異常を診断、プローブ開発に成功 理研ら

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 理化学研究所らの研究グループが、心筋における脂肪酸代謝[1]を光で可視化するための近赤外蛍光プローブの開発に成功したと発表した。放射線を使わず非侵襲で心臓の異常をイメージングする手法として、さまざまなレベルの心臓疾患の研究に貢献することが期待できる。

蛍光性の長鎖脂肪酸の調製に成功

 研究成果を発表したのは、理化学研究所生命機能科学研究センターナノバイオプローブ研究チームの神隆チームリーダー、坪井節子テクニカルスタッフ、北海道大学大学院先端生命科学研究院化学生物学研究室の門出健次教授、村井勇太助教、マハデバ M. M. スワミー助教、大阪大学大学院医学系研究科中性脂肪学共同研究講座の平野賢一特任教授(常勤)らの共同研究グループ。

 正常な心臓の筋肉(心筋)はエネルギー源として主に脂肪酸(長鎖脂肪酸※1)を利用するが、虚血状態(血液が十分に供給されない状態)の心筋は、脂肪酸に代わってブドウ糖を利用する。従って、心筋における長鎖脂肪酸代謝を非侵襲的にイメージングすることは心臓機能の評価に不可欠であり、健康あるいは病気の心臓の状態の理解につながる。心筋における長鎖脂肪酸代謝を非侵襲的にイメージングする手法として、放射性ヨウ素(123I)で標識したヨードフェニル-ペンタデカン酸などの長鎖脂肪酸類似体(123I-BMIPP)を利用したSPECT(単一光子放出コンピュータ断層撮影※2)が広く使用されている。SPECTは高感度な心筋代謝イメージングを可能にするが、放射線を検出し画像化するための大掛かりな診断機器や、放射性物質による標識合成が必要であるなど、コスト面などで課題がある。

 一方、放射線を用いない非侵襲イメージング法として、赤色光が体を通りやすいことを利用し、可視光の赤い光よりも波長の長い波長700~900ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の近赤外光を用いる手法が注目されている。研究グループは長鎖脂肪酸に近赤外蛍光を発する色素を結合させて、心筋における脂肪酸代謝の近赤外生体蛍光イメージング技術の開発を試みた。

図1 SPECTプローブ123I-BMIPPと近赤外蛍光プローブAlexa680-BMPP

(a)現在使用されている123I-BMIPの分子構造。
(b)今回、開発したAlexa680-BMPPの分子構造。
(c)123I-BMIPPを出発物質とした、3ステップによるAlexa680-BMPPの合成法。

 近赤外蛍光を発する長鎖脂肪酸を設計するにあたっては、心筋代謝イメージングのためのSPECTプローブとして利用されているBMIPPを基本骨格とした(図1a、b)。近赤外蛍光標識には、波長700nm以上で蛍光発光するAlexa680蛍光色素を用いた。この2種の分子を材料として、放射性ヨウ素の代わりにAlexa680を持つ近赤外蛍光を発する長鎖脂肪酸「Alexa680-BMPP」を合成。分岐した長鎖脂肪酸であるBMIPPは、β酸化※3が阻害されるため代謝されにくく心筋に長くとどまる性質があり、BMIPPを基本骨格とする近赤外蛍光標識Alexa680-BMPPも、BMIPP同様に心筋において脂肪酸代謝のイメージングに利用可能なものと期待できた。またAlexa680-BMPPは出発化合物BMIPPから3ステップで合成でき、製造も比較的容易であった(図1c)。

図2 蛍光性の長鎖脂肪酸として機能するAlexa680-BMPP

(a)Alexa680-BMPPとAlexa680(コントロール色素)のアガロースゲル電気泳動。分子量の大きいAlexa680-BMPPは泳動が遅い。
(b)Alexa680-BMPPとAlexa680はほぼ同じ蛍光スペクトルを示し、蛍光の最大ピークは近赤外波長領域にある。
(c)Alexa680-BMPPとAlexa680のヒト心筋細胞への取り込みの違いを示した細胞の蛍光画像。赤の蛍光が細胞に取り込まれたAlexa680-BMPPを、青の蛍光は細胞核を示している。右の画像のように、Alexa680はヒト心筋細胞には取り込まれない。

 次に、生きたマウスの心筋で脂肪酸代謝が蛍光イメージングできるかどうかを確かめるため、ヘアレスマウス※4(4週齢、Hos:HR-1)にAlexa680-BMPPを尾静脈から注入し、近赤外蛍光を観測した(図3a)。マウスの心臓部位の近赤外蛍光強度はAlexa680-BMPP注入後30分で最大に達し、時間とともにその蛍光強度は徐々に減少た(図3b、c)。コントロールとして同量のAlexa680を尾静脈投与しましたが、蛍光はほとんど観測されなかった(図3b、c)。また、蛍光色素注入後に切除した心臓組織の蛍光イメージング画像からは、Alexa680-BMPPがAlexa680に比べ5~6倍量心臓に取り込まれていることが分かった(図3d)。これらの実験結果は、Alexa680-BMPPが蛍光性の長鎖脂肪酸として機能し、マウス心筋に取り込まれたことを示している。

図3 Alexa680-BMPPを用いたヘアレスマウスの心筋脂肪酸代謝イメージング

(a)ヘアレスマウスの明視野画像。点線四角部分は蛍光を観測した胸部領域を示す。
(b)Alexa680-BMPPとAlexa680それぞれをヘアレスマウスに尾静脈から注入後に撮影した近赤外蛍光画像。マウスの心臓部位の近赤外蛍光強度はAlexa680-BMPP注入後30分で最大に達し、時間とともにその蛍光強度は徐々に減少した。
(c)(b)で撮影した蛍光画像の蛍光強度の時間変化を表したグラフ。
(d)Alexa680-BMPPとAlexa680をヘアレスマウスに注入してから30分後に切除した心臓組織の近赤外蛍光画像。

 次に、Alexa680-BMPPの心筋への取り込みが、心筋の生理状態によって変化するか調べた。マウスを長期間絶食させると、心臓への脂肪酸の取り込みが増強されることが一般的に知られていることから、24時間絶食させたマウスと、比較のため通常の飼料で飼育したマウスの心臓組織の近赤外蛍光イメージングを行った。その結果、生体蛍光イメージング(図4a、b)、および分離切除した心臓の蛍光画像(図4c、d)のいずれにおいても、Alexa680-BMPPの心臓への取り込みは、絶食させたマウスの方が給餌されたマウスよりも有意に大きいことが観測された。以上の結果から、蛍光性の長鎖脂肪酸であるAlexa680-BMPPは心筋の生理的状態を観測できる蛍光プローブとして機能することが示された。

図4 心筋の生理的状態を反映するAlexa680-BMPPの蛍光強度

(a)24時間絶食および給餌マウスの心臓領域の近赤外生体蛍光イメージング。画像は、Alexa680-BMPPを静脈内投与30分後に撮影した。
(b)絶食および給餌マウス(各5匹ずつ)の心臓領域の蛍光強度。絶食マウスの蛍光強度は給餌マウスに比べて有意に高い(*p<0.05、n=5)。
(c)24時間絶食および給餌マウス(各5匹ずつ)から切除した心臓組織の近赤外蛍光画像。画像はAlexa680-BMPPを静脈内投与30分後に撮影した。
(d)絶食および給餌マウスの切除した心臓組織の蛍光強度。絶食マウスの蛍光強度は給餌マウスに比べて有意に高い(*p<0.001、n=5)。

 研究グループが今回開発に成功した蛍光性の長鎖脂肪酸(Alexa680-BMPP)は、SPECTなどの放射線イメージングでしか検査できなかった心筋の脂肪酸代謝を、より簡便に画像化できるきっかけとなる世界に先駆けた研究成果であり、さまざまなレベルでの心臓疾患の研究が進展することが期待される。

1:長鎖脂肪酸
脂肪酸とは、長鎖炭化水素の1価のカルボン酸であり、炭素数に応じて短鎖・中鎖・長鎖脂肪酸と区別される。長鎖脂肪酸は、炭素数が11~22の脂肪酸を指す。
2:.SPECT(単一光子放出コンピュータ断層撮影)
シンチグラフィーの応用で、体内に投与した放射性同位体から放出されるガンマ線を検出し、その分布を断層画像にする手法。薬剤の投与は、主に静脈注射によって行われる。脳血流、骨、心筋などの断層画像の取得ができる。SPECTは、Single Photon Emission Computed Tomographyの略。
3:脂肪酸代謝、β酸化

心筋はエネルギー源として、主に脂肪酸とブドウ糖を利用している。酸素供給の良い健常心筋では、空腹時にエネルギー源の約80%は脂肪酸のβ酸化が用いられる。β酸化は、脂肪酸からアセチルCoAを生成する代謝反応。
4:ヘアレスマウス
一般毛の形成・伸長がないため、脱毛の必要がなく、生体蛍光イメージングに適したマウスである。ヌードマウスとは異なり、免疫機能は正常である。

論文リンク:A near-infrared fluorescent long-chain fatty acid toward optical imaging of cardiac metabolism in living mice(Analyst)

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Posted by medit-tech-admin