⾳声⾃動解析による認知症鑑別診断⽀援ツールを開発、AUC0.87 筑波大

 日本の研究グループが、モバイルアプリ上で5つの課題に対する音声による回答を収集、データ解析することで、アルツハイマー型とレビー小体病型の2つの認知症の鑑別を⽀援するツールを開発した。発話⾳声の⾃動解析でこうした鑑別が行える可能性があると示したのは世界初とみられる。高齢社会における認知症の早期診断・早期介⼊ニーズの高まりに対応できるツールとなることが期待される。

音声データを自動解析、2つの認知症の特徴を鑑別するAIモデルを構築

図1 モバイルアプリ実施の様⼦と回答⾳声から抽出した特徴に関する結果概要。
A: 本研究で開発したアプリを使⽤している様⼦と提⽰される画⾯の例。アプリは⾳声を認識して課題を提⽰し、ユーザーは⾳声で回答を⾏う。
B: アルツハイマー型認知症群(AD)、レビー⼩体型認知症群(DLB)および健常群(CN)の⾔語的特徴(⻩⾊)と⾳響韻律的特徴(緑と⾚)の Z-スコア※1
†がついている特徴量は、⾒やすさのために符号を逆転している。

 アルツハイマー病とレビー⼩体病はいずれも認知症を引き起こす主要な神経変性疾患であり、それぞれ異なるケアを必要とするため早期の鑑別診断が⾮常に重要とされている。しかしこの2つの認知症は臨床症状に多くの類似点があり鑑別は容易ではなく、また、鑑別診断に有効なバイオマーカー検査は⾼額あるいは⾝体的侵襲性をともなうという課題がある。そのため、バイオマーカー検査が必要な対象者を絞り込むためにも、安価で⾮侵襲な鑑別診断⽀援ツールが必要とされている。一方、認知症を含む精神・神経疾患における発話⾳声の変化に関しては、⾔語的特徴(何を話したか)と⾳響韻律的特徴(どのように話したか)においてそれぞれの疾患に特徴的な変化が現れていることも明らかになりつつある。例えば、アルツハイマー型認知症については「同じ話の繰り返し」「語彙減少」といった⾔語的特徴の変化や「発話速度低下」「⾮発話時間増加」といった⾳響韻律的特徴の変化が知られている。レビー⼩体型認知症においても同様の研究が⾏われているが、しかしこの2つの認知症を直接⽐較した研究はなかった。

 筑波⼤学医学医療系 新井哲明 教授(附属病院精神神経科教授)らの研究グループは、先行研究による成果を活用し、この2つの認知症を言語的および音響韻律的特徴で鑑別できる可能性を実験した。具体的には、アルツハイマー型認知症例 45 名、レビ―⼩体型認知症例 27 名、および認知機能の観点で健常な⾼齢者49名の3 群、合計121名に対し、研究チームが開発したモバイルアプリを⽤いて、5つの⾳声課題に対する回答⾳声を収集し、解析した(図1a)。この5つの課題は認知機能検査を元にしており、 写真を⾔葉で説明する課題や、動物の名前をできるだけ多く挙げてもらう課題などが含まれている。

 解析の結果、アルツハイマー型認知症群では⾔語的特徴において、レビー⼩体型認知症群では⾳響韻律的特徴において、それぞれ、より⼤きな変化が観察されることが分かった(図1b)。例えば、アルツハイマー型認知症群では語彙⼒に関する指標※2や写真説明課題中の情報量に関する指標※3が減少したのに対し、レビー⼩体型認知症群では発話速度低下や、抑揚の減少、⾮発話時間の増加が⾒られた。 さらに、機械学習技術を⽤いて、これらの特徴から原因疾患を分類するモデルを構築したところ、実験で収集した回答⾳声データだけで3群を⾼い精度で分類でき (AUC ※4 0.87)、2つの認知症を⾼精度に検出・鑑別できることを⾒いだした。また今回構築したAIモデルの出⼒結果と認知機能検査スコアとの相関を調べたところ、 アルツハイマー型認知症群の検出には記憶検査スコアが、レビー⼩体型認知症群の検出には実⾏機能・注意に関する検査スコアが、2つの認知症疾患の鑑別には情報処理速度に関する検査スコアが、それぞれ強く相関していることが分かった。

 研究グループはこの結果について、開発したAIモデルが、各群間の分類において異なる認知機能低下を発話⾳声から捉え、認知症疾患の検出・鑑別を可能にしていることを⽰しているとしている。今後、軽度認知障害段階の患者を対象に、より早期の認知症鑑別診断に対する本⼿法の有⽤性を検証する予定。

※1:Z-スコア
特徴量ごとに健常群におけるの平均値・標準偏差をもとに標準化されたスコア。健常群からの逸脱の度合いを⽰す。
※2:語彙⼒に関する指標
本研究では、type-token ratio を⽤いた。総語数に対する異なる語数で表され、値が⼤きいほど語彙が 豊富であると解釈される。
※3:写真説明課題中の情報量に関する指標
Number of information units を⽤いた指標を指す。値が⼤きいほど発話中の情報量が多いと解釈され る。
※4: AUC (area under the receiver operating characteristic curve)
分類モデルの性能指標の⼀つ。0〜1 の値を取り、1 に近いほど分類の性能が⾼い。

論文リンク:Speech and language characteristics differentiate Alzheimerʼs disease and dementia with Lewy bodies(Alzheimer’s Association)