「透明マント」改良で従来の10倍体内で長持ちするナノマシン開発 膵がんでの治療効果改善可能性 iCONMなど

 ドラッグデリバリーの研究における、新たな展望を示す成果が日本の研究チームから発表された。薬剤成分を代謝などによる消失から守る、ステルス効果を持つナノレベルの「透明マント」の半減期を従来の10倍に長期化することに成功したという内容だ。このマントで包まれた薬剤と分子標的薬を組み合わせた併存療法をマウスで実験したところ、腫瘍の縮小をさらに促進する効果が確認できたとしている。

イオンの力でナノマシンの「防衛壁」強化に成功

図1:ポリカチオンとポリアニオ ンを混合し、架橋することで安定なイオンペア・ネットワークを形成する模式図。

 研究成果を発表したのは、川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)、九州大学 先導物質化学研究所、東京科学大学、東京大学大学院工学系研究科からなる共同研究チーム。

 医薬品は静脈注射後、血流に乗って患部へ運ばれる。しかしその多くは腎臓から尿中へ、あるいは肝臓から胆汁中へ消失し、または代謝により化学構造が変化してしまい、実際に作用する量は限られる。この課題を克服するよう研究されているのが、数十ナノメ ートルのサイズの担体(ナノミセル/ナノマシン)に薬剤を内包し、より多くの量の薬剤が患部に集中して 届くことを目指す「ナノ医療」だが、しかしそのナノマシンも生体から異物として認識されてしまうと免疫細胞の攻撃を受け破壊されてしまう。この手法で薬剤効果を向上させるためには、代謝や免疫細胞の攻撃から薬剤を守る担体の「寿命」を延ばすことが求められている。

 今回、研究チームでは、ナノマシンの構成ユニ ットとなるブロックポリマーにおいて、ポリカチオンとポリアニオンからなるイオンペア・ネットワークによってタンパク質の吸着とマクロファージの取り込みを減少させ、半減期が 100 時間を超えるナノマシンの開発に成功した(図1)。

図 2.:アスパラギナーゼを搭載したステルス・ナノ反応器がアスパラギンを枯渇させ、がん細胞を兵糧攻めのように飢餓状態に導く模式図。

 これを基に研究チームは、がん細胞の生育に必須となる L-アスパラギンを分解するアスパ ラギナーゼを搭載したナノマシン(図2)を、半透過性のイオンペア・ネットワークでステルス化してがん組織の「兵糧攻め」を試みた。体内循環における半減期が延びたことで、持続的なアスパラギン飢餓が引き起こされ、 転移性乳がんおよび膵臓がんに対する治療結果が改善されたことを確認したという。

転移性トリプルネガティブ乳がん(TNBC)モデルにおける、アスパラギナーゼ搭載ステルス・ナノ反応器 (ASNase@V)の治療効果。
図 4.:膵がんモデルにおける、アスパラギナーゼ搭載ステルス・ナノ反応器(ASNase@V)と抗 PD-1 免疫療法の併用による治療効果。

 特に膵がんにおいて、分子標的薬PD-1と組み合わせて検証したところ、マウスモデルにおいてだが対照群と比べ有意に効果が向上し、生存率も大幅に改善したとしている。これは膵臓がん治療でしばしば問題となるがん微小環境における間質のバリアが、持続的なアスパラギン飢餓により構造が緩み、免疫細胞の侵襲が可能となることも要因だと分かり、その結果、免疫チェックポイント阻害剤との併用療法が行えたという。なお、なぜ間質が緩むかは現在、精査中とのことだ。

論文リンク:Steric stabilization-independent stealth cloak enables nanoreactors-mediated starvation therapy against refractory cancer(Nature)