京都大学の研究グループが、製造工程を極めて簡略化し、かつ世界最小のマイクロ流路を作成する革新的な製法を開発したと発表した。マイクロ流体デバイスは、極めて微量の液体で検査を可能にするとしてオーダメイド医療などの分野で注目されているが、今回研究チームが開発した製法は、そうしたデバイス開発を劇的に加速させると期待される。
流路を構成するフィルムに多孔を直接「印刷」
研究成果を発表したのは、京都⼤学アイセムス(⾼等研究院 物質-細胞統合システム拠点)のEasan Sivaniah(イーサン・シバニア)教授、Pureosity の Detao Qin 特定研究員らの研究チーム。マイクロ流路は、極めて微量の液体を操作することができる薄く柔軟なデバイスを実現するとして注目されているが、フィルム状の樹脂を貼り合わせるという現在の製法では、流路に⽋陥が発⽣する可能性を排除できない。今回、研究チームは、Organized Microfibrillation (制御されたマイクロ・フィブリル化;OM)⼿法*1に注⽬。これを⽤いるとポリマーに多孔構造を作製できるので、ポリマーフィルム「内部」に直接孔を開けることができるという(図 1a)。このポリマーのフィルムに 2 次元の経路を印刷すれば、フィルムに対して⽔平な流路として活⽤できる(図 1b)。つまり⽳を印刷するという 1 ステップだけで流路作成が可能になったとしている。
研究チームはこの製法で、わずか 1 マイクロメートル(1μm; 1000 分の 1mm)の厚さのポリスチレンのフィルムに最⼩幅5μm の流路を印刷することに成功した(図 2)。これは現在世界最⼩レベル、最薄のマイクロ流路だとしている。流路幅と壁⾯厚みは⽑細⾎管よりも微細であり、つまりこの流路内に注入された液体は⽑管⼒(キャピラリー)*2で流動をコントロールできることを意味する (図 2b)。素材を溶解しない限りどんな有機溶媒でも使⽤可能であること、ポリスチレンやポリカーボネート、アクリル樹脂などに適⽤可能であることも確認済みだという。生体適合性の高いアクリルアミドを界⾯活性剤として添加すれば、⽣体関連物質も問題なく流すことができるとしている。
OM 法は⽳の⾼さを調整可能で、⼀枚のフィルムの流路中に⾼さの異なる領域を印刷できる。流路中に 2 種類の⼤きさの分⼦を導⼊すれば、狭い流路には⼩さい分⼦しか侵⼊できず、分⼦の⼤きさによる分離が可能になる。研究チームではこれまでに分⼦量(⼤きさ)の異なる糖類の分離や、⽣体分⼦の例としてインスリンと SARS-CoV-2 ヌクレオカプシドタンパク質の混合した溶液を、流路内で分離することに成功している(図 3)。
マイクロ流体デバイスは、DNA やタンパク質の分析にすでに使⽤されており、より幅広い⽤途が期待されている。研究チームの伊藤真陽特定助教は「今回の開発は最初の第⼀歩だが、インスリンや SARS-COV2 殻タンパク質など、関連する⽣体分⼦が私たちの開発したマイクロ流路に適合したことは有望だ。この技術の展開として診断装置への応⽤は将来性があると考えている」と述べている。また、これまでより⼤幅に薄くなったフィルム型のマイクロ流体デバイスは、フレキシブルでウエアラブルなデバイスやパッチタイプの健康モニタリングシステムの実現に寄与することが予想できるとしている。
*1 Organized Microfibrillation 法 (制御されたマイクロ・フィブリル化;OM 法)
光反応性ポリマーのフィルムに、光の⼲渉を利⽤した多層多孔構造を印刷する新⼿法。光の⼲渉パターンがポリマーフィルムに転写されて、強架橋の層と弱架橋の層が交互に積層した状態になり、その後フィルムを現像溶媒で膨張させることで、弱架橋の層に⽳を発⽣させる。この⽳はフィルムに平⾏に周期的な積層配置をとり、その周期は可視光のスケールであるため、構造⾊を発する。
*2 ⽑管⼒
⽑細管現象を引き起こす⼒。液体と固体の表⾯エネルギーを最⼩にするように働く。単位⻑さあたりの⽑管⼒を表⾯張⼒という。⾮極性溶媒の場合はファンデルワールス⼒が、⽔系溶媒の場合は⽔素結合が⽑管⼒の起源である。
論文リンク:Structural colour enhanced microfluidics(Nature Communications )