東京医科歯科大学の研究グループが、食道扁平上皮がんに対する術前化学療法の効果予測が可能な予測モデルの開発に成功した。分子バイオマーカーを特定し術前の採血検体で実施可能で、既存の手法より判別能が高いと発表しており、食道扁平上皮がんの個別化医療の実現が期待できるとしている。
mRNAやmiRNAからなる10種類のバイオマーカー特定、PCR検査で実施可能
研究成果を発表したのは、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 消化管外科学分野の絹笠祐介教授、徳永正則准教授、奥野圭祐元助教らのの研究グループ(米国シティオブホープ ナショナルメディカルセンター ベックマン研究所の Ajay Goel 教授、熊本大学大学院 消化器外科学 馬場秀夫教授、名古屋大学大学院 消化器外科学 小寺泰弘教授との共同研究)。
食道扁平上皮がんの治療は手術が中心となるが、近年、手術に先行して抗がん剤治療(術前化学療法)を行うことで生命予後が改善することが証明され、術前化学療法は食道扁平上皮がんの標準治療となっている。しかしこれまでの臨床研究では、切除した検体を術後に検証すると約半数程度にしか効果がなく、完全にがん細胞が消失しているのは20-30%程度であることが明らかになっている。加えて、術前化学療法中に約半数程度の患者に重篤な副作用が出現することも分かっている。このため術前化学療法の効果予測を可能にすることが、生命予後の改善につながるとして手法開発が期待されている。
研究グループでは臨床応用への可能性を高めることも目的として、複数施設の手術検体を用いて分子バイオマーカーのモデル開発を行い、その検証は術前に採取した血液検体を使用するという、いわゆる「リキッドバイオプシー」の効果予測モデルを開発した。具体的には、3 種類のメッセンジャーRNA※1 (MMP1、LIMCH1、C1orf226)と 4 種類のマイクロ RNA※2 (miR145-5p、miR-152、miR-193b-3p、miR-376a-3p)の分子バイオマーカー7 個と、 3 種類の臨床因子(腫瘍の大きさ、腫瘍の位置、リンパ管侵襲の有無)を組み合わせた。このモデルから算出されたスコアは、手術検体を用いた解析において、術前化学療法の効果なしの食道扁平上皮がんで有意に高くなっており、さらにスコアが高い食道扁平上皮がんは有意に再発しやすいことを確認した(図 1)。
次に、このモデルをリキッドバイオプシーに応用するために、治療開始前に採取された血液サンプルを用い検証をおこなったところ、モデルの判別能を示す指標であるAUC(Area under the curve)※3 で0.78、感度 70%、特異度 71%で、術前化学療法の効果が見込めない食道扁平上皮がんを予測することが可能であり、かつ既存の臨床学的因子より AUC が高いことが分かった(図 2)。研究グループでは、今回の研究成果はより実臨床への応用を目指した上での成果であり、食道扁平上皮がんの個別化医療の実現が期待できると展望を示している。
※1メッセンジャーRNA
タンパク質に翻訳される塩基配列情報と構造をもった RNA のことであり、DNA からコピーした遺伝情報を含んでいる。組織内や血液中にも幅広く存在しており、がん細胞からの情報を伝える分子バイオマーカーとして使用される。
※2マイクロ RNA
多段階的な過程を経て生成される 20~25 塩基長の微小 RNA のことであり、タンパク質へ翻訳されない機能性 RNA の 1 つである。がんなど様々な疾患の発症や進行に関与しており、組織や血液中に幅広く安定に存在していることから、様々な疾患のバイオマーカーとして注目されている。
※3 Area under the curve (AUC)
バイオマーカーなどを用いたモデルの評価指標として用いられる値で、0.0~1.0 の値をとる。値が 1.0 に近いほどモデルの判別能力が高いことを示す。