世界初のアルツハイマー病に対する超音波治療開発、先駆け審査対象に指定 東北大

 東北大学の研究グループが、世界で初めてヒトに対するアルツハイマー病の超音波治療の可能性を実証した。1年以上にわたる検証で、副作用はほぼなく、被験者の50%に認知能力の維持または向上が見られたことを確認したという。この結果を受け、厚生労働省は開発中の医療機器を先駆け審査指定制度の対象に指定した。

 先進国を中心に高齢社会化が進行するなか、アルツハイマー病の患者が世界的に急増し、有効かつ安全な治療法開発のニーズも高くなっている。東北大学大学院 医学系研究科 循環器内科学分野の下川宏明 客員教授らの研究グループは、2001 年から音波が生体に与える自己治癒力の活性化作用に着目し、まず、低出力衝撃波に血管新生作用等の治療効果があることを示し、重症狭心症に対する低出力体外衝撃波治療を開発した。この治療は日本では 2010 年に先進医療 B に指定され、これまでに世界 25 か国で 1 万人以上の重症狭心症患者の治療に使用されている。

 研究グループは続いて、2009 年より超音波を用いた治療法の開発に着手し、特殊な条件の低出力パルス波超音波(Low-intensity pulsed ultrasound, LIPUS)が、低出力衝撃波と同様の血管新生作用を有し、より安全であることを示した。この LIPUS 治療が重症狭心症の治療に有用であることを示した後(PLoS One 2014)、さらに、2014 年から認知症の治療への応用も開始。2018 年に LIPUS 治療がアルツハイマー病および脳血管性認知症の 2 つのマウスモデルで有効で安全であること、そしてその作用機序が血管拡張因子である脳内の一酸化窒素(NO)を増加させることであることを明らかにした。すなわちNO が脳内で低下していることが認知機能低下の原因であることが示されており、これを受け研究グループは、LIPUS 治療が、微小血管の内皮細胞において内皮型一酸化窒素合成酵素(endothelial NO synthase, eNOS)の発現を亢進させ、結果的に NO の産生亢進を介して微小循環障害を改善させることを証明した(Brain Stimulation 2019)。

図 1. 低出力パルス波超音波治療 (A)パルス波超音波の照射条件 、(B)治療装置の外観と装着の様子、(C)ランダム化比較試験(RCT trial)の治療スケジュール

 今回、この基礎研究成果を基に、2018 年より東北大学病院において、早期アルツハイマー病の患者を対象に、世界初の超音波治療の医師主導探索的治験を実施した。LIPUS 治療では、特殊な条件のパルス波超音波を用い(図 1A)、ヘッドギア型のプローブを両側のこめかみに装着、20 分間の全脳照射を 5 分間の休憩をはさんで計 3 回、合計60 分間行った(図 1B)。60 分間の治療を隔日で 3 回実施、これを 治療期間1クールとした。探索的治験では、主に安全性を確認するロールイン治験(Roll-in trial)と有効性と安全性を検討するランダム化比較試験(RCT trial)を行いました。ロールイン治験は 1 クール、ランダム化比較試験は 3 か月の間隔を置いて合計 6 クール、計 1 年半の治験を行った(図 1C)。

図 2.探索的治験の実施経過 ロールイン治験(Roll-in trial)では 5 名全員が治験を完了した。ランダム化比較試験(RCT trial)では、LIPUS グループにおいて 11 名中 10 名、プラセボグループにおいて 11 名中 5 名が治験を完了した。

ロールイン治験(Roll-in trial)では 5 名全員が問題なく 1 クールを終了(図 2A)。ランダム化比較試験(RCT trial)では、当初 40 名の患者さんを登録する予定だったが、コロナ禍の影響で 22 例までで登録を終了した(図 2B)。この 22 例は、登録時に無作為に 2 群に分けられ(各群 11 例)、LIPUS 治療群について 10 例が治験を完了、プラセボ群については 5 例の追跡を完了した。

図 3.ADAS-J cog スコアで評価した認知機能の経過 両群の差は経時的に拡大したが、72 週目の時点で、症例数が少ないため、有意差はつかなかった。両群とも 40 例であれば有意差がつくと推定された。
図4.レスポンダー解析
ベースラインからの認知機能の経過が悪化なし、またはむしろ改善した症例を有効例(Responder)として定義すると、プラセボグループでは 48 週・72 週と 1 例もなかったのに対し、LIPUS グループでは経時的に増加した。72 週目でのその割合は、LIPUS グループでは 50% (5/10)、プラセボグループでは 5% (0/5)であった(P=0.053)。

 LIPUS 治療群とプラセボ群について、治療効果を認知機能の総合的な指標として頻用されている指標の一つである ADAS-J cog スコアで評価したところ、2 群間の認知機能の差が経時的に大きくなっていく傾向が認められた(図 3)。主要評価項目である 72週目の両群間の差は症例数が少なく P=0.257 と有意ではなかったが、両群 40 例であれば有意差が検出できると推定できたという。ベースラインからの ADAS-J cog が悪化しないか、むしろ改善した症例を「有効例(Responder)」と定義して評価すると、72 週目におけるその割合は、LIPUS 群で 50%、プラセボ群で 0%であった(P=0.053 :図 4)。また、両群とも脳 MRI 等で検討した脳の構造に対する副作用は 1 例も認められなかった。

 この結果について研究グループは、LIPUS 治療は早期アルツハイマー病患者に対し安全また有効である可能性が強く示唆されたとし、治療回数が増えるにつれ有効例の割合が増加したことにも注目し、今後症例数を大幅に増やした次の段階の臨床試験へ意欲を示している。また、厚生労働省はこの結果を受け、早期実用化に向けた支援制度の一つである「先駆け審査指定制度」の対象に指定している。

※1:低出力パルス波超音波
人間の可聴域を超える周波数(20kHz 以上)を持った波は超音波と呼ばれ、媒質を振動して伝導する縦波(疎密波)から構成される。パルス波は、連続的に音波を発信し続ける連続波とは対照的に、断続的に音波を発信する照射方法であり、生体内の機械的振動によって生じる熱の発生を抑えられるため、連続波よりも高い強度での照射が可能になる。

論文リンク:A pilot study of whole-brain low-intensity pulsed ultrasound therapy for early stage of Alzheimer’s disease (LIPUS-AD): A randomized, double-blind, placebo-controlled trial(Tohoku Journal of Experimental Medicine )