政府は2017年5月30日、未来投資会議の全体会議(第9回)を開催し、6月に閣議決定する「未来投資戦略2017」の素案をまとめた。成長戦略の基本的な柱として、AIやビッグデータなどの技術革新を産業や社会生活に取り入れ、少子高齢化などの社会課題を解決する「Society5.0」の実現を目指すとしている。そのための5つの重点分野に「健康寿命の延伸」があり、医療介護分野における具体的な改革内容が改めて盛り込まれた。Med IT Techでは公開資料をもとに、医療介護分野で今後具体化される、イノベーション促進のための政策誘導について報告する。
重点分野「健康寿命の延伸」のために政府が考える政策の姿
今回まとめられた「Society5.0」の重点分野のひとつに「健康寿命の延伸」が掲げられた。これは健康寿命をさらに延伸することで「世界に先駆けて生涯現役社会」を実現するための目標設定であり、実際にKPIとして、2010年の健康寿命に比して、2025年までに2歳以上延伸させるとされている。具体的な政策の柱として以下の4つが定められた。
データ利活⽤基盤の構築
保険者・経営者による「個⼈の⾏動変容の本格化」
遠隔診療、AI開発・実⽤化
⾃⽴⽀援に向けた科学的介護の実現
ひとつひとつのより具体的な方向性については、「具体的施策」と題されたこの資料に書かれている。4つの柱に対して奇麗に呼応はしていないが、それぞれについての概略をまとめると、以下のような政策ラインアップになるもよう。注目すべきものについて抜粋した。
データ利活用基盤の構築
「全国保健医療情報ネットワーク」を整備する。患者基本情報や健診情報等を医療機関の初診時等に本人の同 意の下で共有できる「保健医療記録共有サービス」と、更に基礎的な患者情報を救急時に活用できる「救急時医療情報共有サービス」等で構成。これら自らの生涯にわたる医療等の情報を、本人が経年的に 把握できる仕組みである PHR(Personal Health Record)として、自身の端末で閲覧できるようにすることを目指す。2020 年度からの本格稼働に向け、本年度中(2017年度)に実証事業を開始する
医療・介護事業者のネットワ ーク化については、クラウド化・双方向化等による地域の EHR (Electronic Health Record)の高度化を推進する。広域連携の在り方(セキュリティ確保策等)やマイナンバーカード等を活用 した患者本人の同意取得の在り方について、実証を本年度中に行う
「保健医療デ ータプラットフォーム」を整備し、研究者・民間・保険者等が、健康・医療・介護のビッグデータを個人 のヒストリーとして連結し分析できるようにする。レセ プト・特定健診情報の NDB(National Data Base)、介護保険情報の介護保険総合データベース、DPC データベース等の既存の公的データベ ースについて、他のデータベースと併せて解析可能とする。2020 年度 からの本格稼働に向け、本年度中に実証事業を開始
次世代医療基盤法による認定事業者を活用し、匿名加工された医療情報の医療分野の研究開発への利活用を進める。公的データベースを基礎とした「保健医療データプラットフォーム」に対し、同法による認定事業者は、治療の結果であるアウトカム情報を含め医療分野の研究開発の多様なニーズ に応えるデータを任意の仕組みで集めて提供。これらの前提となる医療保険のオンライン資格確認及び医療等 ID 制度の導入については、来年度からの段階的運用開始、2020 年か らの本格運用を目指す
保険者・経営者による「個⼈の⾏動変容の本格化」
保険者に対するインセンティブの強化。健保組合・共済組合については、後期高齢者支援金の加算・減算制度について加算率・減算率ともに、来年度(2018年度)から段階的に最大で法定上限の 10%まで引き上げ(2020年度までに)
保険者の責任を明確化するため全保険者の特定健診・特定保健指導の実施率を今年度実績から公表
地方公共団体において効果的にデータヘルスを行うため健康診断・レセプト等のデータを AI により分析、保健指導施策立 案を行うモデルについて具体的な検証を行う
保険者のデータヘルスの強化に関しては厚生労働省と日本健康会議が連携し、各保険者の 加入者の健康状態や医療費、健康への投資状況等をスコアリングし経 営者に通知する取組を来年度から開始。共済組合は じめ他の保険者でも展開
遠隔診療、AI開発・実⽤化
遠隔診療については次期診療報酬改定で評価(オンライン診察を組み合わせた糖尿病等の 生活習慣病患者への効果的な指導・管理や、血圧・血糖等の遠隔モニ タリングを活用した早期の重症化予防など)
遠隔での服薬指導に関しては、国家戦略特区での実証等を踏まえ 検討
保健医療分野でのディープラーニングや機械学習等の AI 開発を戦略的に進めるため、画像診断支援、医薬品開発、手術支援、ゲノム医療、 診断・治療支援、介護・認知症を重点6領域と定め開発・実用化を促進
AI を用いた的確な診療支援による医療の質の向上等について、次期以降の診療報酬改定等での評価を目指す
がん、難病・希少疾病領域でゲノム医療提供体制を整備。ゲノム変異や治療効果等に関する情報等を集約し、解析す る AI 基盤の整備(一部既報)
⾃⽴⽀援に向けた科学的介護の実現
自立支援等の効果が科学的に裏付けられた介護を実現する ため、必要なデータを収集・分析するためのデータベースを構築(既報)。2017年度中にケアの分類法等のデータ収集様式を作成、2018年度中にデ ータベース構築開始、2019年度に試行運用、2020年度本格運用開始
次期介護報酬改定において、効果のある自立支援について評価
ロボット・センサー等の技術を活用した介護の質・生産性の向上
介護現場でのロボット・センサー等の活用について次期介護報酬改定の際に、介護 報酬や人員・設備基準の見直し等の制度上の対応を行う(既報)
今後の介護ロボット等開発では現場のニーズを真に汲み取って開発シーズとつなげるプロジェクトコーディネーターを新たに育成・配置(既報)
生活支援ロボットの安全性に関する規格ISO13482と海外制度との連携を進めるための評価・試験データ取得等を支援
介護記録のICT化、AIを活用したケアプランの作成支援についてのの取り組みを支援・強化
これまでの会議で検討および提示されたものも多く含まれるが、2020年度を区切りとして実現を目指す施策が多い。あと3年半の期間で、急ピッチに施策を実現していく方針を表明したものともいえる。
また、政府は同日に開催された別の政府会議である「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)・官民データ活用推進戦略会議 合同会議」においても、医療分野におけるデータ活用で実現する成果について、以下のように安倍首相が発言した。
“医療分野では年間20億件のレセプト審査があり、現状では地域ごとに審査ルールにばらつきがあります。ルールの統一・公開を進めることで審査が簡素化できます。審査プロセスやシステムを抜本的に見直し、業務を効率化することで400億円弱の赤字を解消します。”
6月の閣議決定後、所管の各省庁において具体的な政策の実現が付託されることになるが、今後注目されるのは、厚労省においてどのような政策プロセスが進むかだ。具体的には中医協その他の審議会における動向となる。実は詳細な制度設計については、別の政府系会議である規制改革推進会議で示唆されている。次回はその議事録を紹介しながら、今後のプロセスについての予測を報告する。