当事者 X 当事者 X エンジニアで共創する三重奏の医療DX 「認知症フレンドリーテック」

 イノベーションにおいて「当事者性」というのは大きな要素だ。どんなプロダクト/サービスも、受益者である消費者、市場の声を無視してはほぼ必ず成功しないからである。医療分野においてはより重要視される要素であることは言うまでもなく、さらに、認知症領域においては不可欠ともいえるだろう。

 しかしいまその文脈すら超え、もうひとつの当事者である医療従事者もかかわる、新しいかたちの医療DXの潮流が福岡から生まれようとしている。この流れを形作りつつある当事者たちの声を聞き、いままさに胎動する「目指すべきモデル」の息吹をレポートしたい。

序章:プログラミングする専門医の誕生

(編集部とのインタビュー時:2022年11月)当サイトでもコラムを執筆する内田直樹医師

 「認知症フレンドリーテック」。この言葉を提唱したのは、福岡県内で在宅医療に取り組んでいる内田直樹医師だ。内田医師は以前からテクノロジー活用に積極的であり、福岡市医師会らが実施した「ICTを活用した『かかりつけ医』機能強化事業」の実証実験にも参加し、テクノロジー導入の効果を実感していた。そしてその実感が、自らプログラミングを習得し課題解決に挑む熱意へを変わっていく。

「ものづくり医療センター」のホームページ。内田医師が卒業生としてコメントしている
内田医師がCampfireでクラウドファンディングに成功した「スマレポ」のページ

2021年から始まった、医療者向けのプログラミングスクール「ものづくり医療センター(略称もいせん)」に申し込み、3ヵ月にわたって、電子工作も含めた「プロトタイピング」を学んだのだ。のみならず、実際に自身が日頃感じているニーズを解決するサービス「スマレポ」  を自らコーディングし開発。より機能を充実させるため、クラウドファンディングも行い現場で使えるものにまで成長させた。在宅医療の専門医がプログラマーとなってゼロからサービス開発したのはほとんど例がない。

 内田医師がなぜここまで、自ら行うことにこだわっているのか。その真意を聞いたところ、内田医師は「この領域にはニーズが溢れるほどあり尽きることがない」という答えが返ってきた。それは最近のことではなく、長年ずっと満たされずにきたものだ。労務管理や業務情報、ノウハウの共有。目の前のケアに追われ、もっとよくしたいというニーズ、アイデアがあっても、誰に相談すればよいのか分からない。市場調査を含め、何がニーズを満たすのか模索することすらできない状況が長年続いていて、それならばまずは現場の自分が担い手になろう、ということだった。現場にいるからこそ、まずは自分でやってみて素早く解決に導きたいとの思いが、行動に現れたのだろう。

そして、その「溢れるほどの」ニーズを満たすためには、とても自分1人では足りないことも実感。その思いが、仲間を集めるさらなる取り組みへと進化していった。アイデアソン、ハッカソンの開催だ。

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第二章:アクセラレーションが「自走」で進む、細やかな仕掛け

 アイデアソン、ハッカソンを開催するには、場所と協力者のリクルートが欠かせないが、通常であればここでそれなりの費用がかかるもの。しかし内田医師はアイデアソン、ハッカソンを自分の時間を費やすという以外、ほとんど出費を伴わずに開催にこぎつけられた。ここには「エンジニアドクター」である内田医師自身の思いの強さが協力者をすぐに集められたという面と、自発的な活動のハードルを下げる、福岡市の細やかな仕掛けがあった。

福岡市の経済の中心である天神地区、中洲の先端を見渡す那珂川沿いに建つ「赤煉瓦文化館」。この歴史的建造物にエンジニアカフェが置かれている。
朝早くから夜遅くまで、市内在住のエンジニアの拠点として様々な機能を果たす

 内田医師がアイデアソン、ハッカソンを実施したいと相談した相手の中に、福岡市が運営に関わる「エンジニアカフェ」の関係者、そこに集う仲間たちがいた。このリアルサイトは、福岡市在住のエンジニアが自発的に様々な活動ができるよう、技術サポートや仲間と繋がるコミュニティ支援を行う拠点だ。登録すれば日常的に作業ができるスペースが設けられているほか、世話役となるエンジニアもおり、来所者の困りごとや相談の対応も行う。登録者が主催すれば無料でイベントも開催できる(参加費を設定しないイベント限定)。特徴的なのは、エンジニア支援ということから、電子工作などもできるようパーツやガジェットも置いてあり無料で使えることだ。つまり思いさえあれば、テック系のイベントはほぼどんなものでも最小の経費で開けるのである。

自治体がかかわるかたちでここまでサポートが充実している例はなかなかないが、福岡市は「エンジニアフレンドリーシティ」 と銘打ってエンジニアが活動しやすい様々な施策を行っており、その目玉のひとつがこの拠点。福岡のエンジニアたちはこうした「インフラ」を活用し、様々な活動や模索を気軽に行える環境にある。

自らがエンジニアを目指す中で、内田医師はエンジニアカフェで行われた「誰かのためのものづくり」というイベントを見て、この場所でのハッカソン開催を着想した。エンジニアではない人たちのニーズやアイデアの実現を手伝ってみるという、自身が構想していたイベント内容そのものだったからだ。内田医師はこの拠点を利用して活動しているLINEのエンジニアによるコミュニティ「Developer Group Q-shu(LDGQ)」のメンバーや、自身が学んだ「もいせん」の講師などに相談し、イベントの内容を組み上げていった。もちろん彼らは内田医師の熱意に賛同して手弁当で集まっている。

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第三章:集まったのは、極限の熱量を持ったものたち

 こうした流れで開催に至ったはじめての「認知症フレンドリーテック 第一回ハッカソン」 。当日の参加者は内田医師が意図した以上に、熱意を持った「認知症ケアの当事者」「社会課題解決に思いを持つエンジニア」が集まった。オフサイトはエンジニアカフェで開催したが、福岡以外からも参加者が集まったため、オンラインでも繋がりながら進行した。

 イベントはまず「解決したい課題」「実現したいアイデア」を着想した人からプレゼンしてもらい、それに賛同して一緒にチームを組みたい人が手あげする、というかたちのチームビルディングが行われた。当日にチームビルディングするハッカソンの流れとしては特に珍しいものではないが、ポイントはこここでまさに「認知症ケアの当事者」から、リアルニーズが語られたことだ。そのリアルニーズに対し、共感しやってみたいという思いを重視してチームが組まれ、オンライン、オフラインで様々に連絡しあいながら2日間で作業を仕上げていく。こうして練り上げられた5チームのプロトタイプは、精度の高いユースケース、ペルソナを設定した一味も二味も違うものだった。

成果発表された作品

想起-SOBA

認知症の症状の一つである記銘障害に対し、記憶の定着や、記憶の想起をあなたの側で助けるLINE botアプリです
楽しい思い出を想起する!あなたの側で頼れる記憶パートナーアプリ『想起 - SOBA』... - ProtoPedia

記憶の補助をLINEで行い、思い出しづらさが進む中でも「楽しい思い出」が残るように設計し、QOLを維持することを目的とする。
LINEからの通知やリッチメニューから思い出を投稿すると、感情分析のAPIを活用して、アプリが投稿内容を分析し返答するという仕組み。通知に気づきやすくするためLEDライトと連携し、通知が来ると点灯させる仕組みも実装した。

なかまのなかま

認知症になってからではなく、少しでも早く地域とのつながりをつくれるようにしたい。「生きがい・役割づくり」と「備え」に着目して、「地域の出会い直し」と「互助の関係」を支える情報の提供と発信を行うアプリ。
みんなで備える互助アプリ「なかまのなかま」 | ProtoPedia - ProtoPedia

中間市役所の福祉関係者の着想で開発された、認知症発症前から地域資源と繋がれるコーディネイトアプリ。年金受給の手続きに役所に来られた際にアプリを紹介し、どういうことに興味があるかを登録、アプリに登録されている地域資源と照らし合わせ、本人の位置情報も考慮して、地域と「趣味」や「役割」で繋がれるようレコメンドする。認知症になる前からアプリを使い慣れ、ライフコースに合わせてシームレスに使えるように設計されている。

お願いマイコンシェル みかんちゃん

若年性アルツハイマーの人が仕事を続けるためのサポートツール
お願いマイコンシェル | ProtoPedia - ProtoPedia

認知症のある人に寄り添いながら本人が仕事を続けられるよう、記憶面や精神面をサポートしてくれるコンシェルジュ。今回は若年性認知症のある人の具体的なペルソナを設定し、その精緻な内容に基づいて、覚えられない部分を優しくサポートする。そのため、親しみやすい「みかんちゃん」という女性キャラクターのアバターを開発した。今回の開発では、このアバターが、確認ごとの多い朝の出勤の身支度をサポートするという機能を実装した。

心と暮らし

NFCタグを身の回りのアイテムに貼ることで、未来に読み込んだ人にメッセージを残せるサービスです。NFCとLINEを連携することで、「かざす」だけで、サービスが使えるという究極の手軽さを実現しました。
NFC x LINEで時間軸を超えたメモツール | ProtoPedia - ProtoPedia

1人で暮らす認知症のある母を持つチームメンバーのアイデアをもとに、思い出しづらさをそれとなく手助けするためNFCタグを活用。携帯をものにかざすと中に入っているものの情報が文字と画像、音声で確認できるというアプリ。NFCシールであれば、今までの暮らしに違和感なく溶け込んで社会実装させやすいのではという発想のもと開発された。

しりとりばりぐっどくん

ばりぐっどくんを使ったしりとりのLINEアプリです。
しりとりばりぐっどくん | ProtoPedia - ProtoPedia

しりとりの認知症への備えに関する報告をもとに、LINEで簡単にしりとりができるよう開発。楽しくなければ継続率が高まらないので「しりとり」を採用し、LINEも高齢者にある程度使われていることからLINEを活用。QRコードを読み込むだけで組み込め、いつものLINEのように会話形式でしりとりができる。

 

 このように、すべてのチームが認知症に関する論文を掘り起こしたり、認知症のある人、またはケアを担当する関係者のニーズや思いを汲み取るという、粒度の高いバックキャスティングで開発を行っている。これはエンジニア以外の参加者が、医療従事者、市役所の福祉担当者、ケアをする家族といった、日々、認知症のある人へのケアを考え続ける当事者だからだ。

 例えば「お願いマイコンシェル みかんちゃん」の開発チームに入った鈴木さんは、内田医師が講師を務めた、福岡市独自の資格である「認知症サポートワーカー」の研修を受けている。認知症のある人たちが何に困っているのか、ケアをするだけでなく、その困りごとを解決すれば自己効力感を保ち、社会の中で十分に快活に暮らせるとの確信があった。また「心と暮らし」を開発したゆず さんは、実家で一人暮らしするアルツハイマー型認知症のある母を遠距離介護している。介護や医療の専門職の方々と連携し、母の「できること」を大切にした支援を重ねることで、認知症があることで失われがちな自信を回復し、心の安定につながると感じている。

 このハッカソンの参加者は、世間一般の「認知症になったらすぐ何もできなくなる」という間違ったパブリックイメージではなく、認知症のために苦手になったことを補っていけば、それまでと変わらず生活を続けられる可能性があることを身をもって体感している人たちだった。ケアを考える、取り組む「当事者」が、認知症の「当事者」のことを真剣に考えたアイデアだからこそ、的確な創発ができたのである。

 そしてこうしたリアルニーズに触れながら、エンジニアがソリューションを考えることは、エンジニアにとっても刺激的だったようだ。ゆずさんのアイデアに共感し、同じチームで「心と暮らし」を開発したエンジニアのようかん さん(井上陽介さん)、やたがいさん(八谷航太さん)は、社会課題解決にプログラミングをはじめとしたテクノロジーで貢献する活動、シビックテックに取り組む団体「Code for Japan」に参加している。その中で頻繁にハッカソンに取り組んでいるが、そうした経験の中でも、今回のハッカソンは「当事者の話を聞いて開発できるとても貴重な機会だった」だという。また、一般的なビジネススキームに乗らずとも、テクノロジーでこうして直接課題解決に寄与できるなら「これこそがシビックテック」と力強く語ってくれた。

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第四章:イベントからコミュニティへ

(内田医師のFacebook投稿より)ハッカソン終了後の記念写真

 こうして熱のこもったハッカソンは成功裡に終わったが、その熱量が高かっただけに、各チーム、そしてイベント参加者全体に「これからも続けて何かを生み出したい」という連帯感、絆が生まれていくことになった。内田医師と各チーム、そしてチームメンバーたちは、ハッカソンで創発したアプリをベースに引き続きブラッシュアップを進め、別のアプリコンテストに応募したり、個別に連絡を取りながら取り組みを進めている。

「EFC AWARD 2022」ホームページより

[内田医師、ようかんさん提供]EFC AWARD  2022でコミュニティ部門、プロダクト開発部門のダブル受賞を果たした

 単発のイベントから継続的な「運動」となり、コミュニティとしても成長した「認知症フレンドリーテック」は、徐々にまわりへの影響力を増しつつある。先日12月17日に開催された、福岡市主催で、卓越したテック系の活動やプロダクトを表彰する「EFC AWARD 2022」コミュニティ賞のほか、「心と暮らし」をブラッシュアップした「LTag」がプロダクト部門を受賞した。内田医師の熱意から始まった、テクノロジーで認知症のある人やケアする人を支援したいという現代的な試みは、いま大きなうねりとなって、ボトムアップから始まる医療DXのモデルケースになろうとしている。