脳とAIの「学び合い」で、脳自身の疼痛管理システムを強化できる可能性 ATRら

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慢性疼痛などの疼痛管理において、その困難さから薬物療法以外のアプローチ開発が求められているが、このほどAIと脳が「痛みの感じ方」を好ましい方向へ調節していく新しい手法の有効性が示された。今後の疼痛治療への大きな貢献が期待される。

fMRIの計測結果をAIで画像解析、さらに被験者とAIの間で強化学習

成果を発表したのは国際電気通信基礎技術研究所(ATR)・脳情報通信総合研究所、情報通信研究機構・脳情報通信融合研究センター(略称CiNet)、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学などの研究グループ。痛みが病気やケガの傷が癒えた後も継続したり繰り返し起こる「慢性疼痛」は、身体の損傷を検知して脳に伝える痛覚神経回路の異常によって起こると考えられている。現代では大きな医療課題のひとつとされ、特に日本を含む先進国では、人口の5人に1人が生涯に一度は慢性疼痛による日常生活への支障を経験するとされる。しかし慢性疼痛の効果的な治療は非常に難しく、これまで薬物治療は十分な効果が見込めず、副作用の危険性も指摘される。このため非薬物治療の技術的革新が急務となっている。

研究グループでは、fMRIと人工知能技術(AI)を組み合わせ、対象とする脳領域に特定の活動パターンを誘導する「デコーディッドニューロフィードバック(DecNef)」と呼ばれる手法を活用し、痛覚神経回路の「痛みの感じ方」を改善できないか前臨床的研究を行なった。具体的には、被験者の脳に強度の異なる電流を流し、その反応状態をfMRIで計測、撮像。それぞれの電流を流された際の脳活動パターンをAIで画像解析し、参加者がより弱い痛みを感じる刺激を与えるように学習するものだ。この手法はこれまでPTSD、自閉スペクトラム症、統合失調症、恐怖症、うつ病などに応用されており成功を収めている。ただ疼痛管理へのアプローチは、十数年前に海外の別の研究グループが成果を発表しているが、その結果の再現例は極めて少数にとどまっており、今回、研究グループではその原因が脳領域全体を解析したことにあると考え、より細かく領域を分けて分析する手法を採用し実験を行った。

まず、AIにヒトの痛みの感じ方を学習させるデータを作成するため、19名の健康な成人からデータ収集を行った。最初に様々な強さの電気刺激を参加者に与え、刺激による痛みの程度を視覚的アナログスケール(Visual Analogue Scale;VAS)を用いて主観的に評価してもらい、これをもとに、強いと感じられる刺激と弱いと感じられる刺激を1つずつ、参加者ごとに選定して短時間刺激した。その際の脳活動の様子をfMRIで計測し、撮像することで強弱それぞれの痛みを与えた時の脳活動データを収集した。

この際、先行研究で行われていた解析とは違い、痛み処理の主要脳部位である島皮質(Insura)や第二体性感覚野(SII)、痛みを制御する部位である前部帯状皮質膝前部(pgACC)といった細かな部位ごとに解析データを作成。これらのデータをAIへ投入し、被験者が強い痛みを感じたと推定した場合、その脳活動を引き起こした刺激を選択する確率が低くなるように学習させ、より弱い痛みを与える刺激を送るソフトウェア(痛みデコーダー)を開発した。

直後(翌日)に同じ被験者に対し、この痛みデコーダーを用いたフィードバック実験を行いAIの強化を行なった。すなわち痛みデコーダーを通して、刺激に対して痛みを弱く感じられるように被験者の神経回路に影響を与えられるか確かめ、その時の脳活動状態をまたfMRIにより計測、撮像していく「ヒトとAI双方の強化学習」である。この実験によって基礎的な効果を確認しただけでなく、痛み処理の主要脳部位である島皮質(Insura)や第二体性感覚野(SII)では、訓練により解読精度が低下したのに対し、痛みを制御する部位である前部帯状皮質膝前部(pgACC)では解読精度が上昇したことも分かった。つまり示唆されたのは、pgACCにのみアプローチする手法の可能性であり、従来の研究では示されなかった発見である。

脳波計による実験でも効果を確認

最後に、この「痛みデコーダー」がヒトに与える効果を検証するため、研究グループはより簡便に脳活動を計測することができる脳波計(Electroencephalograph;EEG)を用いた実験を行なった。痛み刺激に対する評価の変化には、オフセット鎮痛に対する影響を調べた。オフセット鎮痛とは、「強い刺激に一時的にさらされると、ほんの僅かに痛み刺激を弱めただけで痛み感覚が大幅に減少する」という現象を示したもので、pgACCを含む内因性鎮痛機構による影響だと考えられており、また、慢性疼痛患者ではオフセット鎮痛機能が減少し、その程度は痛み罹患期間と相関することが知られている。

実験には28名の成人が参加し、「痛みデコーダー」によるフィードバック訓練を行う実験群と対照郡の二群について、実験前と実験後にオフセット鎮痛の効果をVASによって計測した。結果、フィードバック訓練を行うと、痛みに対する鎮痛効果がより強く働くことが分かった。

研究グループはこの結果を受け「ニューロフィードバックを用いた脳−AIエージェントの双方向学習により、ヒトの脳に本来備わっている痛みをコントロールするシステム(内因性疼痛制御システム)を強化できる可能性を示した」とし、今後の疼痛治療への大きな貢献が期待されるとしている。

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Posted by Shigeru Kawada