【編集部コラム】いま、必要なのは「保健所アラート」の発出だ

コロナ禍の勢いが依然止まらない。お盆休み直前の2020年8月上旬には、全国での新規感染者数が一時期1,600人を越えた。4月の時のような、全国一律の緊急事態宣言の発出を政府が拒む今、短期的な収束は望むべくもない状況だ。一貫してその最前線で感染者の把握、接触者追跡などに取り組む地域の保健所に苛烈な負担が課され続け、負担解消の一助にと開発された「HER-SYS」「COCOA」といったITソリューションもその真価を発揮できないでいる。

保健所の処理能力は削減され続けている

地域の公衆衛生を地域内で管掌する、日本独自のシステムである保健所。平時には飲食店などの保健衛生の監視を行うほか、感染症の流行時には診断に必要な検査の実施、医療機関からの感染者報告のとりまとめ、その接触者の追跡と管理など、事実上感染拡大を食い止める「現場監督」の役割を一手に引き受けている。地域ごとの流行状態にあわせた細やかな対応が可能となる一方、タスクが集約されているため、現下のような大規模な感染が起きている状況では処理が追いつかなくなってしまう。新型コロナの対応においても「電話が繋がらない」「連絡が遅い」など関係者から多くの指摘がされ続けている。

全国の保健所総数の推移(全国保健所長会のWebサイトより http://www.phcd.jp/03/HCsuii/)

しかしその原因のすべてが、保健所に帰するようなものではない。そもそも保健所の数や人員自体が、政策として減らされ続けている。厚生労働省健康局健康課地域保健室調べによると、全国の保健所総数は平成8年度で845施設だったが、令和2年度には469施設まで減っている。実に6割弱にまで削減されており、職員1人当たりの業務量がもともと爆発的に増えていることは想像に難くない。

それに加え、IT化をはじめとした業務効率化がほとんどなされていなかったことも留意する必要がある。つい最近まで、新型コロナをはじめとした感染症管理業務のほとんどは紙ベースによるものだった。象徴的なのが先ごろから報道されている「発生届」で、各医療機関からFAXで新規感染者の情報を受け取り電話でそれを確認するという、民間からすれば考えられないほどの非効率的な業務フローがいまだに踏襲されている。

さすがにこの非効率性は改善されるべきとして、政府も急遽全国的に感染者の情報を管理するシステム「HER-SYS」を開発し、全国155の保健所のある自治体に活用を進めるよう求めている。このシステムを活用すれば紙ベースの管理や確認作業は必要なくなり、業務負担大幅な削減が期待できる。行政検査が行える医療機関、保健所すべてで使うことになっているシステムだが、地域での医療機関の使用開始などの手続き(システムにログインできるIDの付与)は、各地域の保健所が行うことになっている。つまり医療機関が使用を希望しても、保健所がIDを付与しなければ引き続き紙ベースでの処理が続くことになる。

東京都で「HER-SYS」の実稼働進まず 江戸川保健所は取材になぜそのような対応を?

全国で最も多くの新規感染者が出続けている東京都でも、7月30日からHER-SYSでの運用を始めることになった。都下の各保健所が音頭をとって導入を進める手はずであるはずだが、2020年8月6日この件を報道したNHK「ニュースウォッチ9」では、江戸川保健所の関係者がHER-SYSが業務負担軽減にならないかのような発言を行い、関係者の不興を買っている。

この6日の報道では、保健所がID付与を行わない限り、医療機関がHER-SYSを使えないにも関わらず「医療機関からいまだに発生届けのFAXが来るので、職員が代理でHER-SYSに情報入力している」という趣旨の報道がなされた。そして保健所のコメント「負担が大きいため、医療機関にHER-SYSが導入されていない」というテロップ、また職員のコメントとして「医療機関も大変な状況なので、保健所としてカバーしなくてはいけない」という内容も流された。つまりHER-SYSは江戸川区内では導入されたが「医療機関が使っていない」ので業務負担が軽減されていない、保健所は本来するはずのない業務をカバーして対応している、という趣旨だった。

しかしこれは完全に事実と違っている。江戸川区内で内科医院を開業している目々澤肇医師(目々澤醫院院長)によると、保健所に対しHER-SYSの使用開始希望を伝えているが、「保健所側の準備ができていない」ことを理由にいまだIDを付与されていないという。Med IT Techでは江戸川区保健所に対し、NHKの報道内容と、厚生労働省にHER-SYSにログインできるID付与については保健所に任されていることを確認済であることを伝えた上で、各医療機関に対するID付与はなされているのか聞いたところ、保健所側の準備ができていないので、まだID付与を始めていないことを認めた。つまりNHKの報道内容は完全な虚偽であることが確認されたことになる。

当編集部としては他社の報道が虚偽であったことよりも、それ以上に、なぜ江戸川保健所が虚偽の発言をしてまでHER-SYSの効果について悪い印象を与えようとしたのかに問題意識を持っている。最初に触れたように、保健所には規模を削減された上に課題な業務負担が課され続けており、その適正化は感染抑止のためにも喫緊の課題であることは確かだ。しかし、だからと言って「新しいことはしたくない」と拒否しようとしているだけなのだとすれば、公衆衛生を担う公的施設の姿勢として、深刻なモラルハザードを起こしていると言わざるを得ない。

「COCOA」の運用にも後ろ向きか 問われる保健所の間違った危機意識

同様に、感染抑止、また保健所の「コンタクトトレーシング」の負担の一助にもなると言われている厚生労働省の接触確認アプリ「COCOA」への対応にも、ネット上で批判が上がっている。このアプリにはユーザーが検査で陽性となった場合、接触した可能性のある他ユーザーに知らせる機能があるが、そのためにはHER-SYSから発行される「処理番号」をアプリに入力する必要がある。これは虚偽やいたずらの入力を防ぐための仕様だ。

しかし7日に、PCR検査で陽性となったCOCOAのユーザーが保健所に処理番号の発行について問い合わせたところ、まるで対応したくないかのような発言をされたとSNSであるユーザーが批判した。担当者には伝えておくと言われたようだが、処理番号の発行はHER-SYS上での操作が必要なため、HER-SYS未導入の保健所では対応に負担がかかることから、おそらくこのような発言に繋がったのだろう。こちらのケースは江戸川区の保健所ではないと思われるが、このユーザーによると23区内の保健所だという。また同様にこのユーザーがその区の担当者に聞いたところでは、これまでその区で発行した件数自体が10件以下だとのことだ。

「HER-SYS」「COCOA」両方とも、保健所の業務負担を軽くすることも視野に入れて開発されたものだ。特に前者は導入すれば確実に感染者1人あたりに対する処理時間が減るだろう(医療機関側の対応が増える可能性はあるが)。にも関わらず、目の前の業務に忙殺されるあまり過剰な拒否反応を示しているのだとすれば、あまりにも近視眼的な対応だと言わざるを得ない。現在の業務フローが限界で、これ以上感染者が増えれば保健所自体が「崩壊」することは、保健所の関係者も分かっているはずである。もし、これらのシステムに対応するリソースすらすでに枯渇しているというのであれば、関係各所に事情を話してさらなる支援を求めればいいだけの話で、少なくとも嘘をついて自身らの立場の維持に汲々とする必要はない。

江戸川保健所だけでなく、特に東京都下の保健所各位には、公衆衛生を担う本来の大きな役割の堅持に改めて思いを致し、業務効率化に前向きに取り組むことを求めたい。業務効率化は処理の迅速化、すなわち感染者のさらなる迅速な隔離と管理につながる。これは感染拡大抑止に直結する、治療行為にも匹敵するほどの核心的に重要な要素なのだから。

そして保健所と関係する各所も、いま新型コロナとたたかうためにもっとも強化すべきは「保健所の兵站」であることを認識すべきだ。厚生労働省は編集部の取材に対し「155自治体にマストでお願いしているので、稼働しているものと認識している」とコメントしており、現場の事情を把握する必要すら感じていないようだった。上意下達で満足するのはただの自己満足であり何の役にも立たない。いま求められるのは、国民のためにセクショナリズムを排し協働するシンプルなアクションだけである。