日本の大学の脳血管内治療部門が学外の工学研究者と連携し、脳動脈瘤発生の機序に迫る研究成果を発表した。過去15年以上にわたる定期検診のデータから、脳動脈瘤発生前と発生後のデータを両方持つ症例を収集しコンピュータ・シミュレーションによる流体力学的な解析を行ったもので、世界初の成果とみられる。研究チームでは、将来的に脳ドック等で活用できる脳動脈瘤発生リスク予測AIの実用化を目指していくという。
発症前後のデータを同時に持つ症例を抽出、コンピュータで流体力学解析
研究成果を発表したのは、東京慈恵会医科大学脳神経外科 村山雄一 教授と同大学総合医科学研究センター先端医療情報技術研究部 訪問研究員兼、東京理科大学工学部機械工学科 日本学術振興会特別研究員PDを務める藤村宗一郎氏らによる共同研究グループ。脳動脈瘤は脳血管の一部がコブ状に膨らむ病気であり、破裂すると発症者の約3分の1が亡くなる「くも膜下出血」を引き起こす。発生には血管内皮細胞における炎症反応のほか、血流の衝突等によって生じる血行力学的要因が関与しているとされている。
機序解明に、コンピュータ・シミュレーションの一種である数値流体力学 (CFD: Computational Fluid Dynamics)解析を活用する先行研究が行われているが、しかしその多くは、既に発生した脳動脈瘤を人為的に削除するなど脳動脈瘤発生前の血管を人工的に再現する手法しかとりえず、再現性という点で大きな疑問が残るものだった。研究チームでは定期検診中に脳動脈瘤が発生した症例に対するCFD解析を実施することでこの再現性の課題を克服したうえで、脳動脈瘤の発生に関与する血行力学的因子を明らかにすることを目指した。
具体的には、過去15年以上に渡る定期検診のデータから、初回検査では脳動脈瘤がなく途中から発生が認められた患者10名のデータと、動脈瘤発生が認められなかった34例のデータについて、コンピュータ・シミュレーションによる流体力学的な解析を行い比較した。
その結果、動脈瘤が発生した箇所には血流による血管壁への高い引張力と大きなエネルギー損失がもたらされていたことが判明し、発生要因としてこれら両者が影響している可能性が示唆された。また、脳動脈瘤の形成過程について新たに動脈瘤発生前の患者データから流体力学的手法で解析を行い、血流による血管壁への引張力とエネルギー損失が影響している可能性を示した。
研究チームでは現在、ラットを用いた動物実験モデルで同様の現象が見られるかについて検証中で、理論が確立されれば、将来的に脳ドック等の現場において脳動脈瘤が発生する前に脳動脈瘤の発生を予測できるようになる可能性があるとしている。藤村訪問研究員によると、得られた成果をもとに「破裂リスクの提示」と「外科手術を行う際の合併症のリスク提示」が可能になるようさらに研究を進めるべく、日米欧の症例を集めた国際研究の準備を進めているという。なお、今回の研究成果は2021年12月22日付でJournal of Neurosurgery誌オンライン版に掲載された。