「上腕脈派伝播速度」で心血管疾患リスク検出の可能性、従来指標より判別能が優れることを実証 産総研ら

(論文内容をもとに編集部で作成したイメージ画像)

 心血管疾患のリスクを測る指標として近位大動脈(心臓近位部の大動脈)の硬化度を測定する技術が普及しつつあるが、日本の産総研を中心とした研究グループが、現在もっとも普及している上腕式血圧計に新しい測定指標を加えることで、簡便に心血管疾患のリスクを検出できる可能性を提案した。従来指標より判別能も優れているという。

検査が比較的容易な「上腕式血圧計」などへのプラスオンが可能

 研究成果を発表したのは、産業技術総合研究所(産総研)人間情報インタラクション研究部門 菅原 順 研究グループ長、東京医科大学循環器内科学分野 冨山 博史 教授・山科 章 主任教授(研究当時)、米国テキサス大学オースティン校の田中 弘文教授らの研究グループ。

 心血管疾患(Cardiovascular disease: CVD)は、国内における主な死亡原因や要介護原因となっているが、その原因となる動脈スティフネス(動脈硬化の度合い)※1を計測し評価することが、発症予防につながることが分かっている。指標として、国内外で普及している全身的な動脈硬化度指標は上腕-足首脈波伝播速度(brachial-ankle pulse wave velocity: baPWV)※2であり、中年期以降に著しく増大することが知られているが、baPWV計測の際には、仰向けの姿勢をとり、血圧測定用カフを上腕と足首に巻く必要がある。

 一方で産総研はテキサス大学と共同で、上腕の動脈スティフネスの指標と考えられてきたhbPWV(上腕脈派伝播速度)※3に注目し、hbPWVが近位大動脈スティフネスを反映し、CVDの発症と強く関連する大動脈の血圧と強い関係にあることを明らかにしている(2019年1月American Journal Hypertension掲載)。今回はこの結果をもとに、10年以上にわたる企業健診の追跡データを用い、hbPWVの加齢変化特性ならびに、CVDリスクとの関連性について、国内の臨床検査で広く使用されているbaPWVと比較・検討した。具体的には、1万人あまりの企業健診の追跡データ(横断研究7,868名、追跡研究3,710名、平均追跡期間9.1±2.0年)を用い、hbPWVと年齢ならびにCVDリスク(フラミンガム一般的CVDリスクスコアにより評価)との関連性を評価した。

 

図1 追跡研究における成人男性のPWVの加齢変化
各被検者における年齢とPWVとの回帰直線を示す。年齢との直線関係性はbaPWVに対しhbPWVの方が強い。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
図2 追跡研究の参加時の年齢と加齢に伴うPWV増加量の関係
追跡研究への開始時の年齢でグループ分けし、PWVの増加量を比較した。図中の*はbaPWVとの有意差を、a~dはそれぞれ35歳未満群、35-39歳群、40-44歳群、45-49歳群との有意差を示す。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

 評価の結果、ひとりひとりの直線の傾きから加齢に伴うPWVの増加量を調べると、baPWVの増加量は高齢になるほど大きくなる、すなわち加齢に伴いスティフネスの増大が急峻になるという、先行研究や本研究の横断研究と同様の傾向を示した(図2)。これに対し、hbPWVの増加量は年齢群の間に有意差はなかった。このことは、hbPWVによって評価される動脈スティフネスは30歳代から一貫して増大し続けることを示している。

図3

 CVDリスクとの関連性についても、横断研究、追跡研究とも、hbPWVはbaPWVよりもフラミンガム一般的CVDリスクスコア※4と有意に強い相関関係を示した。さらにROC曲線分析※5の結果、hbPWVがbaPWVよりもCVDリスクの有無を判別する能力が有意に高いことが示された(図3)。

図4 PWV測定の様子: 従来法(baPWV)では両手両足にセンサーをつけ、仰向けで測定する必要がある(左)が、本法(hbPWV)は心音センサーと上腕脈波センサーのみで計測でき、座位での計測も可能である(右)。

 研究グループは、hbPWVが成人期早期から加齢とともに直線的に増加し始め、CVDリスクと強い関連性を示すという結果は、hbPWVがCVDリスク早期発見の有望な指標であることを示唆しているとしている。hbPWVを計測するためのアルゴリズムは、スポットアーム式の血圧計、さらには家庭用血圧計にも搭載できるポテンシャルを有しているため、これが実現することで動脈硬化度指標を計測する機会が増え、心血管系疾患リスクを早期に発見できる機会をより増やすことが期待できるとし、今後、baPWVの測定機器を販売している企業と共同研究を行い、hbPWVの算出アルゴリズムを搭載した測定機器の開発を進めるとともに、予防医学・臨床医学的側面からの研究開発を実施していくという。

※1 動脈スティフネス:
動脈スティフネス動脈の構造(壁厚、弾性体の含有率、カルシウムや最終糖化産物の蓄積など)および動脈壁を構成する血管平滑筋の緊張度によって決定される壁の硬さ。中心動脈と呼ばれる大動脈および頸動脈はもともと伸展性が高いが、30歳代から硬化が進む。大動脈のスティフネスが高いと、血液を駆出する際に左室が受ける抵抗(左室後負荷)が高くなり、CVDの発症につながる。多く疫学研究により、中心動脈のスティフネスは心血管疾患の発症・予後・死亡と強く関係することが明らかとなっている。一方、血管平滑筋が多い四肢の動脈は中心動脈よりも硬いが、加齢に伴う変化は小さい。

※2 上腕-足首脈波伝播速度(brachial-ankle pulse wave velocity: baPWV):
脈波センサーを上腕と足首に巻いて計測する。心臓を起点に、足首方向に伝わる脈波の伝播距離と時間から、上腕方向へ伝わる脈波の伝播距離と時間を差し引いて、速度を算出する。全身的な動脈硬化度の指標とされる。

※3 心臓-上腕脈波伝播速度(heart-brachial pulse wave velocity: hbPWV):
胸部に固定した心音センサーと上腕に固定した脈波センサーで、心臓から上腕へ伝わる脈波の伝播速度を計測する。対象となる動脈の大部分は、血管平滑筋が非常に多く、加齢に伴う変化が小さい特徴を有する動脈ということもあり、臨床医学領域ではあまり注目されていなかったPWV指標である。

※4 フラミンガム一般的CVDリスクスコア:
心筋梗塞、脳卒中、心不全、末梢動脈疾患などの一般的な心血管疾患を10年以内に発症するリスクを、年齢、性別、総コレステロール値、HDLコレステロール値、収縮期血圧、血圧治療の有無、喫煙の有無、糖尿病の有無の8因子から推定するシステム。

※5 ROC曲線分析ROC(Receiver Operating Characteristic):
曲線分析は、指標の二値分類の性能を評価するためのグラフおよびその分析手法。x軸に偽陽性率、y軸に真陽性率をとる。各プロットを結んだ曲線とx=1, y=0の2直線で囲まれた面積(ROC曲線下面積)が大きいほど指標の判別精度が高い。異なる指標のROC曲線下面積を比較することで、どの指標が優れているかを判断できる。本研究では、フラミンガム一般的CVDリスクスコアの判定で「一般的な心血管疾患を10年以内に発症するリスク」が高いと評価された場合を「陽性」と定義した。

論文リンク:Cross-Sectional and Longitudinal Evaluation of Heart-to-Brachium Pulse Wave Velocity for Cardiovascular Disease Risk(Hypertension Research)