COVID-19を契機に、救急・急性期医療体制の確保が、日本全体の社会課題としてますます注目されるようになっています。先日、自民党の「データヘルス推進特命委員会」にて講演の機会をいただきました。その講演内容を元に医療現場のデータ分断という課題について、医療提供者側と、患者側の課題に分けてまとめた記事になります。今回は①医療現場編です。
救急医療の受け入れ体制
救急医療といえば、救急車で運ばれるというイメージや、TVドラマのような高度救命のイメージが先行するかもしれません。「救急搬送時の、搬送先病院の決め方」、「受け入れる救急病院側の体制」などはあまり一般に知られていません。
救急医療は、図1で示すように「患者の流入(救急搬送・Walk in=時間外外来受診)→診療→転帰」という一連の流れで構成されます。
休日や時間外に発生する医療需要は、多重事故に伴う複数同時発生の救急搬送から、夜中に発熱した子供の診療まで、全て病院救急外来(および休日時間外診療所)で処理されます。救急患者さんは地域の人口に応じて一定の割合で発生しますが、疾患や専門領域を選んでくれるわけではありません。したがって、図1のように、救急外来は各担当医師の(日中の)専門領域に関わらず、全科の症例を総合的に診療する体制を取っています。例えば医師2名体制の場合、「内科当直」「外科当直」という名称ですが、実際には「内科当直 = 循環器内科(心臓専門)医師」「外科当直 = 脳外科(脳の手術専門)医師」であり、腹痛の患者さんや蕁麻疹の患者さんは診られない、という場合もあります。
見かけ上の「当直体制」とは別に、「個人の医師のカバー範囲」および「現在診療中の患者数」によって、各病院が実際にどのような患者さんを診られるか、が決まってきます。ただし、各病院で当直・時間外勤務にあたる医療従事者は、時に専門外や多忙ということで患者さんの受け入れをお断りすることはあろうとも「できる限りの受け入れ努力」をしています。また、患者さんの病状から明らかに手術や集中治療を必要とする場合に、病院の医療機器やリソースの問題でむしろ受け入れずに高次医療機関に行ってもらうべきであるという判断をする場合もあります。どんなに優秀なチームであっても、医師1名、看護師2名程度の体制では、救急車を同時に2台受け入れている状態で3台目の重症患者がきても対応不可能ですからそのような場合は受け入れるべきではないのです。
まとめると、とにかく救急医療における患者の受け入れ判断というのは非常に複雑かつ専門性の高い「医学的判断」そのものです。決して、「@@科の患者を、@@科を標榜しているA病院が受け入れなかった、けしからん」という単純な二元論に落とし込むべきではない領域です。より良い救急医療体制を構築するには、病院単体の努力や医療者の個人的な踏ん張りに頼るのではなく、発生した患者状態に合わせて休日時間外の限られた医療リソースをいかに適切に配分するか、という地域医療リソースの最適化を行う必要があります。これを実現するためのボトルネックになっているのが、医療情報の分断です。
医療情報分断に起因する救急医療現場の象徴的な課題を2つ紹介します。
1.救急車の搬送先選定
救急医療において傷病者が発生してから病院に収容されるまでの時間短縮は、至上命題です。
現在の搬送先決定の流れは、図2に示すように、救急隊が患者さんを車内に収容し、情報を紙やホワイトボードに一通り記載、各病院に電話連絡して患者状態を説明し、受入可否の確認を繰り返しています。病院側でも場合によっては、事務→看護師→担当医と電話のリレーが行われます。結果として電話1件あたり3〜5分程度の時間を要します。1病院で受入不可となった場合は同じことの繰り返しですから、その分だけ病院収容までの時間が延びていきます。収容先の病院が決まらない限り、救急車は現場から動けません。
自治体や総務省消防庁においてどのような患者さんが受入困難事例となりやすいかを詳細に分析し、ここに対して各地域で様々な取り組みが行われてきました。結果として、ここ5-10年の消防白書によると、受入困難事例は年々減少傾向となっています。しかし、今年に入ってから「新型コロナ疑い」の患者さんの搬送困難事例が急増しており、この問題が未だ本質的な解決に程遠いことが判明してきています。
このような状況に対して、図3のように救急隊からの搬送要請をデジタルで各病院へ一斉配信したり、病院の受入可能状況をシステムで入力させて救急隊から閲覧可能な仕組みを作ること、などが各地で試みられてきました。一見すると図2の課題がエレガントに解決するように感じるのですが、現場感覚ではまだ課題解決は遠いです。
- 雨が降る中、1秒を争って心臓マッサージをしないといけないのが救急隊です。その中で走り書きのメモを書くのがやっとなのに、スマートにタブレットに情報入力はできるのでしょうか?
- 病院側の受け入れ可否の判断はきわめて高度な判断です。病床が空いているかどうか、特定の診療科の診療が可能かどうか、だけでは決して決められません。
- 地域の救急搬送の過半数を、99%以上の応需率(病院単位で電話連絡を受けた救急車の何割を受け入れるかの指標)で受け入れるような地域ではこんなシステムを使うよりも、その病院に電話する方が最適解です。
救急搬送とその受入体制は地域医療の屋台骨です。この領域のあるべき理想形に向けて活動を続けていきます。
2.病院内でのデータ転記
データのデジタル連携ができていないことで生じる不利益は、救急搬送の場面だけではありません。救急搬送後も日々、「書類記録業務」という負荷が生じています。救急医療はがん診療などと同様に非常に公共性の高い事業ですので、救急隊も病院側も、診療報酬請求の際に必要な記載に加えて、管轄行政等への各種報告書の提出が義務づけられています。
書類作成業務は、図4で示すように、一人の傷病者が発生されてから外来転帰(入院、帰宅、転院)、さらに入院後の最終転帰(退院、転院、死亡)に至るまで、情報が引き継がれます。これらの情報のうち必要な部分を自治体や総務省消防庁向けの書類に記載したり、診療報酬の請求時に記載したりしています。しかし、 実は、この患者情報はデジタル連携ができていないため、同一患者に関して手作業でデータのコピーや転記を繰り返しています。
具体的には、救急隊が患者情報を病院に引き継ぐ際、救急隊による患者の情報や応急処置の記録が書かれた紙を、病院到着時に病院に引き渡します。医師や看護師はこの情報を電子カルテに手入力することになります。そこに追記して、医師や看護師がいわゆる「診療録記載(カルテ記載)」を行いますが、これは構造化データベースではなく、単なるテキスト記載です。したがって、患者さんの最終的な「診断名」や「入院後の転帰」の情報は、看護師や医療事務が患者さんの電子カルテを個別に開いて、このテキスト記載を読み解き、院内の台帳や行政に提出する書類に転記しています。
さらに、救急隊も、現場活動中は前記した通りとても忙しいため、病院で患者さんを引き継いだのちに正式な各種書類を記載し、さらに消防署に戻ったのちに総務省消防庁に提出するためのデータ入力を(多くの場合手入力で)行っています。現場のスタッフは文字通り書類業務に忙殺されているのですが、それにも関わらず、救急車で搬送された患者さんが最終的に生存したのか、死亡したのかという情報は、消防から病院に送付される「予後調査票(手書き)」を病院側スタッフが任意で記入することでのみ判明するため、多くの自治体で30%〜40%にとどまっています。これだけの書類業務を行っているにも関わらず、データが分断されているがために救急患者の最終転帰が不明なのです。
*なお、消防白書等で公開されている救急患者の「死亡・重篤・重症・中等症・軽症」という分類と「診断名」は、救急車で患者さんが搬入された直後に救急外来の担当医師が「一見して予測した重症度」と「予測した診断名」でしかありません。*
この解決策としては、やはりデータの分断を解決すること、すなわち図5のような医療データの電子化と連携です。電子カルテは個別病院のシステムで、救急隊の活動情報等は自治体のシステムで、管轄部署も設計コンセプトも全く異なります。しかし、このデータの分断を解消することこそが救急医療に関わる政策決定の上で高い価値を持つと考えます。
例えば、救急車を有料化したことで、救急搬送全体数は減るかもしれませんが、もしかしたら最終転帰が悪化して死亡者が増えるかもしれません。30〜40%しか最終転帰がわからない現状では、この政策決定の成否をデータに基づいて判断する手段すら存在しないということになります。救急医療のデータ分断を解消し、データに基づいて政策決定をできるようにしていかないとなりません。
まとめ
救急医療データの分断に関わる課題を2つの視点から紹介しました。
この大きな社会課題の解決には、救急医療の現場を知るメンバーと、最新の技術に通じたメンバー、さらに地域の医療政策を構築するメンバーが協働して活動していくことが必須です。
寄稿:園生智弘(そのお・ともひろ)
TXP Medical 代表取締役医師。
東京大学医学部卒業。救急科専門医・集中治療専門医。
東大病院・茨城県日立総合病院での臨床業務の傍ら、急性期向け医療データベースの開発や、これに関連した研究を複数実施。2017年にTXP Medical 株式会社を創業。2018年内閣府SIP AIホスピタルによる高度診断・治療システム研究事業に採択(研究代表者)。日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。全国の救急病院にシステムを提供するとともに、急性期医療現場における適切なIT活用に関して発信を行っている。TXP Medical 代表取締役医師。