先日、自民党の「データヘルス推進特命委員会」にて講演の機会を頂きました。その講演内容を元に救急医療の課題について「①医療現場編」に続き、今回は、患者の視点に立った場合の情報分断に起因する課題について記載して参ります。
はじめに
患者の視点から見た場合、本記事で紹介するような医療情報の分断は、ネットワークの分離に起因しています。医療情報は個人情報の中でも特にセンシティブなデータであり、院内(オンプレ)のセキュリティレベルの高いサーバーに管理されており原則として外部とのネットワーク連携は不可能です。
昨今は特に診療所電子カルテにおいてはクラウド運用が一般的となっていますが、診療所と大病院では扱う情報量とシステムの規模が桁違いに異なります。病院領域ではクラウド化はまだまだ先になると思われます。また、当然のことながら院内(オンプレ)サーバーと外部ネットワークを接続するとそこがセキュリティホールになりますから、高いセキュリティレベルを担保しながら医療情報を連携することは想像以上に難しい課題です。
救急患者の背景疾患・服薬情報が不明
救急外来が特殊なのは、救急搬送で運ばれてくる患者さんの多くが「初診患者」であるということです。救急外来では、適切な医療の提供のため、目の前の患者さんの「背景疾患・服薬情報」が必須なのですが、この基本的な情報がわからないというシーンは日に何度となく経験します。
ネット通販で注文した製品がその日のうちに届くこのご時世に、医療の世界では、ゴールデンウイーク初日に運ばれてきた、意識のない患者さんの飲んでいる薬が、3-4日後まで全くわからないということがざらにあります。そのような場合、我々はかかりつけクリニックの営業日の日中に、電話で問い合わせて、FAXで診療情報を受け取ります。
このような状況を打破するために「地域医療連携ネットワーク」という地域の医療機関・介護施設・薬局等をデジタル連携する仕組みが全国に構築されています。現在、地域ごとに濫立していますが、実際の患者登録者や病院のネットワーク加入数が少なく、救急医療現場で実運用できるには至ってません。(以下、日経新聞参考記事)
IT(情報技術)を活用した医療の効率化がかけ声倒れになっている。診療データを病院間で共有する全国約210の地域ネットワークの登録患者数は、国内人口のわずか1%であることがわかった。国と自治体は医療費 「医療IT」かけ声倒れ 診療データ共有、登録1%どまり - 日本経済新聞 電子版 |
「地域医療連携ネットワーク」は「誰から見ても有効そう」なのに、十分な普及に至っていない典型的なシステムです。普及のための啓発活動より前に、まずは患者側・病院側のメリットを明確化し、なぜ普及に至らないのか十分に分析すべきでしょう。私が考える普及の壁は下記の通りです。
- 救急医療時に使えない:普段かかりつけの医療機関同士の場合は患者さんの情報を把握しているため電子的な情報連携の必要性は低いです。医療機関のセグメントが異なる(診療所と高次機能病院など)垂直連携=救急受診時こそ、このような医療情報連携が真に患者さんに役立ちますし、救急の場面こそ患者さんにとってメリットを痛感できる場所です。
- 病院カルテのネットワーク接続:病院で利用されるシステムの主体は電子カルテです。電子カルテから医療連携ネットワークに接続・連携するのは前記したネットワーク分離の関係で困難であり、できたとしても多額のコストがかかります。
- 病院側のメリット不足:地域医療連携ネットワークに参加することによる病院のメリットが明確ではありません。私は、日本中の救急病院を日々巡っていますが、どこの救急の医師も医療情報連携の課題を必ず訴えます。救急医療の課題を解決することで病院にもメリットが生まれます。
- 患者同意のスキーム:本来であれば、「診療目的の医療情報連携」に個別患者同意は不要のはずです。地域医療連携の運用主体が法的な運用スキームを明確化できていないため、地域医療連携システムへの登録のために紙の同意書を書かないといけないような場面が生じています。
私は、救急外来の受付等で地域医療連携ネットワークのリーフレットを配ったらもう少し普及するであろうと考える日もあります。
救急受診先の選択ができない
夜間の急病で、医療機関に電話で相談することは、誰しも一度は経験されているでしょう。受け入れる医療機関側も「できる限り受け入れる」という気持ちを持って対応しています。しかし、前回記事で記述したように夜間は少人数の医師での当番制になっていますので、専門分野外であった場合には常に「他の病院の方がより適切な医療を受けられるかもしれない・・・」という一抹の懸念を持って対応することになります。その場合、当然他の適切な医療機関をご紹介したいのですが、実は地域で最適な受診先を案内できる情報は病院側も持ち合わせていません。なぜなら、前回記事で触れた通り、病院の受け入れキャパシティは、その日の当直医の実際の専門分野、その時点での混雑状況、病院自体のリソースの総合判断によって決まりますが、これらのリアルタイムなデータはどこにもありません。
また、実際に病院の救急外来に夜間行くと、とんでもなく待たされることが多いと思います。救急外来では来た患者さんに簡単に情報を聞いて、緊急性の高い(長い待ち時間に耐えられない)患者さんから優先的に診ます。これをトリアージと言います。トリアージの結果、2〜3時間待ちという状況は頻発し、患者さんからすると裏で何をやっててこんなに待たされるのか?と思われるかもしれません。しかし、我々医療者も人間ですから、トイレにも行くし食事も取ります。もちろん深夜は仮眠を取ります。いつ、どのような患者さんが来るかの事前情報が全くない救急医療現場では、仕事の計画を事前に立てることは一切できませんから、ここは情報の分断によりオペレーションの最適化ができていない領域なのです。患者さんには何分待つ見込みなのか、の情報が開示でき、医療者は何分後にどんな患者さんが来るのか、という情報を得ることができれば双方のストレスを軽減できることでしょう。
私は、図5のような医療リソースのマッチングプラットフォームが必要だと考えています。これは一部の医療機関に過度な負担がかかるという点で、賛否両論があるかもしれません。しかし、夜間休日の診療においては「名医に患者が集中する」ようなことは起こりえません。救急疾患は災害時等をのぞいたら常に定常確率で発生しますから、地域の医療リソースを発生する救急疾患をカバーできるように全体で最適化し、その情報を開示することが必要だと思います。このようなプラットフォームにより、患者さんは「この夜、この地域で、一番ベストな治療を受けられる場所」が明らかになりますし、オンライン問診・予約を組み合わせることで「待ち時間の予測」や「医療従事者側の事前準備」も可能になるかもしれません。
まとめ
救急医療の情報の分断を解消し、患者・医師・地域で救急医療情報を見える化していくことは、患者さんにも大きなメリットを生むことになります。私、そしてTXP Medicalはこの社会課題に正面から挑んで参ります。
寄稿:園生智弘(そのお・ともひろ)
TXP Medical 代表取締役医師。
東京大学医学部卒業。救急科専門医・集中治療専門医。
東大病院・茨城県日立総合病院での臨床業務の傍ら、急性期向け医療データベースの開発や、これに関連した研究を複数実施。2017年にTXP Medical 株式会社を創業。2018年内閣府SIP AIホスピタルによる高度診断・治療システム研究事業に採択(研究代表者)。日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。全国の救急病院にシステムを提供するとともに、急性期医療現場における適切なIT活用に関して発信を行っている。TXP Medical 代表取締役医師。