【高尾洋之コラム】これからのオンライン診療で、まず必要なこと

このたびMed IT Techでは新たに、東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究部准教授の高尾洋之先生のコラムを掲載させていただくことになりました。

高尾先生は改めてご紹介するまでもなく、これまで日本のデジタルヘルスに関するご自身の取り組み、医系技官として認証プロセスの現場に触れた経験を生かした積極的な政策提言などで、この分野をリードするオーソリティでいらっしゃいます。先日公表されましたが、その最中の2018年にギランバレー症候群に見舞われながらも、復帰の道程を着実に歩んでおられます。期せずして先生は医師およびデジタルヘルスの専門家としてだけでなく、患者としても専門的視点を得ることになり、ますます唯一無二のお立場になられたのではないかと存じます。そんな先生の貴重な発信の場をご提供できることになり、当メディアとしても誠に光栄です。

———————————–

#1 これからのオンライン診療で、まず必要なこと

 高尾洋之です。Med IT Techさんの場をお借りして、私の思うところを発信させていただくことになりました。2018年8月に突然意識を失いそれから4か月意識がなく、意識が戻った後も手足はまったく動かず、呼吸器がついているため声も出せず、最初は本当に目だけしか動かせませんでした。
今は呼吸器が外せ、声が出るようになってきました。腕が少し動くようになったので、電動車椅子にも乗れるようになりました。普通の進行性の病気はどんどん悪くなるのですが、ギランバレー症候群は、最初が悪くてだんだん良くなります。今、私は、その途中過程にいるのだと思います。ずいぶん回復してきましたが、元気になるまではもう少し時間がかかると思います。

 そんなわけで今は様々な活動を再開しつつあるところで、こちらでのコラムもそのひとつになります。私が倒れている間に、コロナ禍もありオンライン診療をはじめとしてデジタルヘルス、デジタル医療、デジタル治療のユースケースがいくつか出てくるようになりました。ですが、まだまだ他国と比べて普及が進んでいるとはとても言えません。患者さんやかかわる医療者が幸せになるためには、まだまだやるべきこと、考えるべきことが山積していると思います。

「D to D to P」を支援してほしい

 その意味で私がまず思っていることは、オンライン診療の範囲拡大、特に「専門医ととかかりつけ医」のオンラインでの連携を推進することです。現在、初診からのオンライン診療の解禁に関して指針の改定作業が進んでいるようですが、「適切な医療に適切なタイミングでアクセスできる」ようにするには、かかりつけ医に専門性をプラスし、援助できるようにする専門医の取り組みをもっと評価する仕組みが必要だと思います。

 具体的には、オンライン診療時に、必要ならばかかりつけ医のほかに、同時に専門医が参加する。あるいは診察室(患者宅)にかかりつけ医が向かい、そこへ専門医がつないでオンライン診療する。そういったかたちで、特に難病といった、専門医でなければ経過観察等が難しい疾患の方を見守るケースは現に多く存在します。一部の大学病院では専門の遠隔医療部門を立ち上げ、無医村や専門医のいない地域と恒常的に連携する取り組みが行われているほどです。

 取り組み自体はこうして行われているにも関わらず、オンライン診療での連携に関しては費用の手当てがほぼまったくなされていません。私が知る限りでは、連携する医療法人同士が組合を作って基金をつくり、そこから自治体も含めて費用を出し合うようにしたり、研究として申請しなんとか費用をまかなっているのが実情です。つまり、現在は実費を賄うだけで苦労している状態であり、これでは持続可能性など担保できるわけがありません。患者さんにとって明らかに有益な取り組みであるにもかかわらずです。

 オンライン診療はいい意味で距離の壁を超え、単に診療ができるだけでなく、難病の方へも含めた「適切な医療」を提供できる唯一の手段です。その意味で専門医が気軽にかかりつけ医を支援できるよう、費用面も含めたサポート体制を整備することは喫緊の課題と感じます。

普及してからでは遅い、モバイルデバイスのバイタルデータ標準化

 もうひとつ思っていること、というよりは懸念していることがあります。近年個人が自身でスマートウォッチなどのモバイルデバイスを購入し、心拍、血圧などのバイタルデータを計測することが当たり前になってきました。Apple Watchをはじめとして近年のデバイスの機能強化は著しく、いよいよこれらのデバイスの計測データを医療に活用できるシーンが現実的にやってこようとしています。

 ただここで留意しなくてはならないのが、例えばそれらのデータを電子カルテに転記したり、外部のAIで解析するために取り出すときに、ちゃんと取り込めて使えるのかという点です。これが担保されなければデバイス依存が起きてしまい、連携していないソフトウェアや電子カルテシステムの相性で、診療に手間がかかったりしかねません。これでは本末転倒であり、どんなシステム間でも、必要な時にはデータをきちんとやりとりできる規格が必要です。

 もちろん、当然ながらこの可能性は認識されており、医療機関が使う医療情報システム、いわゆる電子カルテでは様々な記録に対して規格が策定され、準拠することが求められています。健診データや一部の検査データなどに関しても経済産業省が指針を定めており、その中でHL7といった標準規格でデータを保存するよう求めています。ただしこの対象となる事業者の中に、モバイルデバイスを販売する企業は含まれていません。具体的には健診データを別途取り扱うような企業がモバイルデバイスのデータを扱う場合対象となりますが、そのような事業をしておらず、デバイスだけを販売している事業者は対象ではないのです。つまり実情としては、ガイドラインの対象となっていないデバイスが市場の多くを占めているわけです。

なお、このあたりは最近当研究部が開設した「デジタルヘルス解説集」にコラムを書きましたのでそちらもご参照ください。

 現在は心拍、血圧といった医療の視点から言えば「ライト」なバイタルデータだけを計測するデバイスがほとんどなので、影響が甚大とはまだいえませんが、ここ数年でさらに技術が進展し、血糖値や酸素飽和度など、医療でも重要な指標とするデータを計測できるようになることは確実です。そういったデバイスの普及が進んでデータが蓄積されてしまってからでは遅いので、今のうちからそうしたデバイスが現れた時に、医療機器としてはどのようなカテゴライズをして、データに関してはこのような指針で保存することを求め、事業者に互換性の担保まで保証させるようにしなければいけないと思います。

寄稿者:高尾洋之(たかお・ひろゆき)

東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究部 / 脳神経外科学講座 准教授

2001年 東京慈恵会医科大学卒業
2001年 東京慈恵会医科大学脳神経外科学臨床研修医 研修医
2003年 東京慈恵会医科大学臨床大学院 脳神経外科学講座 大学院
2007年 東京慈恵会医科大学附属第三病院 勤務 助教
2008年 東京慈恵会医科大学附属病院 勤務 助教
2010年 東京慈恵会医科大学臨床大学院 脳神経外科学講座 大学院 博士課程修了 (指導教官:阿部俊昭 教授)
2012年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校神経放射線科 留学 リサーチアシスタント
2014年 東京慈恵会医科大学附属病院 勤務 助教
2014年 東京慈恵会医科大学附属病院 非常勤助教
2014年 厚生労働省 医政局 研究開発振興課 医療技術情報推進 室長補佐
2014年 東京理科大学 客員准教授(〜2019年3月)
2014年 東京医科歯科大学 血管内治療科 非常勤講師
2014年 厚生労働省 医政局 経済課 医療機器政策室 室長補佐
2014年 厚生労働省 医政局 経済課 課長補佐(〜2015年3月) 
2015年 東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究部 / 脳神経外科学講座 准教授(兼任)
2016年 内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室 政府CIO補佐官(〜2019年3月)
2017年 大阪市立大学大学院医学研究科 客員准教授(~2019年3月) 
2018年 北海道大学病院 客員臨床准教授(~2019年3月) 
2018年 兵庫医科大学 非常勤講師(~2020年3月)
2019年 World Federation of Neurosurgical Societies 出版・広報委員
2020年 東京医科歯科大学 客員教授

研究業績/著書などの情報はこちらをご確認ください(東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究部ホームページ)