【畑中洋亮】これからの100年、医療はどこへ行くのか

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畑中洋亮と申します。

今月から、こちらでコラムを書かせていただくことになりました。

現在私は東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究部に所属し、スマホやクラウドといったICTの活用を前提として、様々な医療現場の課題解決を実現する情報技術の研究開発にかかわっております。

 

最初ですので、自己紹介も兼ねて、私の時代観についてお話しできればと思います。

 

私は東大医科学研究所でゲノム医療を研究していました。大学院修了後、縁があり医学部の博士課程に進学するにあたり、医療とは何かに思いを巡らせ、医療の起源たる古代ギリシアではどのようなありようだったのか、現地へ向かったことがあります。それが、医術の神アスクレピオスの聖地と言われるエピダウロス遺跡です。

ギリシアの首都アテネとはサロニコス湾を挟んで対岸に位置するこの港町には、紀元前6世紀から、多くの人が病を治そうと訪れていたそうです。

当時の「医療の姿」とは、果たしてどのようなものだったのでしょうか。

当時の街の中心から数km離れた山の中にある遺跡を訪ねると、中心には演劇舞台(写真参照)があり、劇場、競技場、浴場、宿泊施設、神殿が集積していました。

人々はここで観劇や音楽鑑賞で心を楽しませ、運動をしたり、浴場で体温を上げ、心身を癒しながら体調を整えていたそうです。

私はこれを見て「医療とは、実はこういうものなのではないか」と腑に落ちるものがありました。

つまり、手術や投薬で病気と闘い打ち克つということだけではなく、日頃から人々が健やかに生きようとする営み、そのすべてを支える環境づくりなのではないかと感じたのです。

 

一方で、古代ギリシアでの医療と、現代の医療、長い時を経て変遷していった理由は何か。

今後100年、これからあるべき医療の姿を考えるために、ここまでどう来たのか、まずそれを知らなければならないと感じました。

 

そこで私はこれまでの歴史、医療だけではない世界の歴史をひもときました。

タイムラインを眺める中で、1700年代後半の産業革命から始まった社会構造の変化に、これからを見定める鍵を見つけたのです。

産業革命は、イギリスで起こった「(石炭という)モノからエネルギーを取り出す蒸気機関」という世紀のイノベーションをきっかけに、綿織物の産業化を引き起こしました。綿花から綿織物を織る過程が、紡績機と蒸気機関の動力で次々と自動・高速化され、生産量が飛躍的に向上したのです。

ここで起こった技術革新には本当に様々なものがありましたが、医療に最も深く関係することになる技術が「染色」の登場でした。

産業革命までは衣服とは手製がほとんどでした。しかし、綿織物が安く大量に入手できるようになり、服飾の色やデザインに費やすリソースが社会的に生まれ、ミシンの発明にともなって「既製服」という市場が一気に勃興します。フランス革命などで貴族お抱えだったオートクチュール技術をもった服飾デザイナたちにより、一般人向けの「服飾ファッション」は勃興していきます。

一般市民における服飾への大変な興味が生まれ、それまで動植物から抽出するのみであった染色の基礎技術は、綿織物の生産量の爆発的向上で、より多くの色を大量・高品質に生産する必要性に迫られ、この時期発展しつつあった有機合成化学技術を応用する動きが始まりました。そして多くの有機化合物は、蒸気機関で石炭を使う上での副生成物であるコールタールを原料にしました。そのような染色ニーズに応えるかたちで、ついに1856年、世界初の合成染料「モーブ」が発明され、19世紀終わり頃までに500種類もの新しい染料が開発されました。1862年にはロンドン万国博覧会においてヴィクトリア女王がモーブで染色した衣服を着用したことが有名です。

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(モーブを発見したウイリアム・パーキンの息子の手紙。モーブで染められた絹が添えられている)

ここに至り、自然染色が化学染色に完全に取って代わられるという革命的な産業変化が起こったのです。

さらに化学染色は服飾産業に貢献しただけでなく、医学にも応用されることになります。

 

染色における革命的変化が完了する頃、のちノーベル賞を受賞するドイツの細菌学者エールリッヒは、病気の機序や細胞の仕組みを解明しやすくするため、細胞組織を染色して観察することを思いつきます。彼はまずこの面で実際に多くの業績を上げましたが、彼の先駆的な洞察はそこにとどまりません。

染料には特定の細胞、特定の病原菌だけを染められるといった選択性があったため、それができるのであれば、もしかすると選択的に目的の病原菌を殺せるのではないか?と思いを巡らせていました。彼はこれを実証するため弟子とともに研究を行い、1910年、当時不治の病だった梅毒の特効薬サルバルサンを発見、「化学療法剤の開発で病気を治療する」という、治療法自体、そして製薬産業を確立する大発見をするのです。

 

蒸気機関、染色、医薬品、という一連の歴史を俯瞰したとき、これは今起こっている社会変革、これから医療におこる変革を示唆していると思いました。

イギリスから始まった産業革命は、文字通り世界を産業化しました。石炭という「モノをエネルギーに変換する」ことで、それを可能にしたのです。

であるならば、いま起こっているICT技術による世界中の社会変革は、言い換えれば「ヒトを情報に変換する」過程にあるのはないでしょうか。

 これからの医療は、ヒトが情報化されることを前提として、あるべき姿を追求する必要があるのではないでしょうか。

実際、この情報化の流れは止めようもなく、であるならば、よりよい方向で取り込んでいくしかないからです。

その上で、医療のICT化とは何か、そのあたりに話を進めていきたいと思います。

 

寄稿:畑中洋亮(はたなか・ようすけ)氏
慶應義塾大学理工学部化学科卒。東京大学医科学研究所で遺伝子医学に従事、生命科学修了。2008年 Apple Japan へ入社、iPhone日本法人市場開拓を担当。ICTによる現場から医療構造改革を目指す「Team医療3.0」を結成、ソフトバンク孫社長との対談が書籍化。2010年福岡のITベンチャー アイキューブドシステムズへ転籍、同社取締役就任。日本最大モバイルセキュリティサービスになった「CLOMO」事業を立ち上げた。また、公園などパブリックスペース向け遊具やベンチの老舗メーカー コトブキの役員就任。 その後、企業経営を続けながら、2016年 東京慈恵医科大学後期博士課程に進学、慈恵医大のiPhone導入支援に加え、高尾洋之准教授らとJoin、ケアワーカー向けのシステムなど研究・事業開発も進めている。

株式会社コトブキ 取締役
東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究部 後期博士課程
国立大学法人 佐賀大学医学部 非常勤講師
神戸市立神戸アイセンター病院 客員研究員

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