【Health2.0レポート】「グローバルマーケットで闘う力」孫泰蔵×池野文昭対談

かつてYahoo!JAPANの立ち上げにも参画し、現在はMistletoeのCEOとして若手企業家の育成にも力を注ぐ孫泰蔵氏と、現在はスタンフォード大学での研究の傍、医療機器分野の起業家養成講座で教鞭をとる池野文昭氏。
『Health.2.0-ASIA JAPAN』1日目のセッションで、これまでほぼ交わることがなかった業界を歩んできた二人が登壇し、「グローバルマーケットで闘う力」をテーマに、日本におけるヘルステックの新しいエコシステムについて対談が行われた。

“失敗を恐れない人”を集めたエコシステムの構築を目指す

池野「孫さんは若い世代のスタートアップに携わっているとのことですが、最近の若い層の人たちはどうですか?」

孫 泰蔵氏(Mistletoe株式会社 代表取締役)

孫「ここ10年くらい毎年定点観測を行っていますが、テクノロジーのユニークさ、アイデアはここ2、3年でより良いものになってきています。そして社会的課題を解決したいという大きな志を感じています。しかし彼らは失敗を恐れているようです。私自身は今日までに多くの失敗を経験してきたのですが、大学で起業家精神について講義を行うと『孫さんがこれまでに経験した一番大きな失敗は何ですか?』と質問されます

池野「シリコンバレーの格言に『失敗の自由』というものがあります。人を騙したりいい加減にやるのは駄目ですが、一生懸命やって失敗することは次のステップへの足掛かりとなります。私も日本で公務員をしていた時に、『新しいことはやるな』と言われていました。新しいことを始めると失敗する可能性があるからです。日本のスタートアップにそういった考え方が蔓延している限り、グローバルでは到底闘えないでしょう」

孫「アメリカはみんなチャレンジャーばかりで、失敗しても平気です。日本をこのような環境に変えていくためには、新たなエコシステムを作ることが重要ではないでしょうか。水が循環する小さなオアシスを作ることで、環境は良くなっていきます。失敗を恐れない人たちでチームを作り高め合う生態系を作っていくことが、日本がグローバルマーケットで闘うためのファーストステップだと思います」

池野「私は大学を卒業後、9年間に渡り僻地を含む日本の地域医療に携わってきましたが、その後はアメリカのスタンフォード大学で医療機器の研究開発を行っています。日本の僻地からアメリカの大学という正反対の環境変化に強いカルチャーショックを感じましたが、シリコンバレーの環境を必死で吸収しました。現在、日本の若者の留学者数は20年前に比べて減っていると知り、私はこのことを危険視しています。そこで、シリコンバレーに長くいる日本人の仲間たちと共に、『Silicon Valley Japan University(シリコンバレー日本大学)』というものを立ち上げ、昨年から1週間の教育プログラムがスタートしました。現地の起業家や投資家とのトークセッションやスタートアップインキュベータを行い、日本に帰国する頃には目の輝きが変わります。彼らが目覚めれば、今後60年の人生が変わる。次世代を教育することは、エコシステムの中でも最も重要だと思います」

言葉や距離はグローバル展開をする上での障壁となるか?

池野「日本から海外へ出ていく時に障壁となるものは何でしょうか?」

孫「日本のテクノロジーが海外に比べて劣っているということはありません。ここで問題となるのは、心理的障害だと思います。成功事例が少ないため、グローバルは難しいのではないか?と感じてしまうのです。そして、言葉が流暢に喋れないため通用しないのではないかと思う人が多いようですね。しかし、国内市場のサービスであっても説明資料を英語で作るようにと勧めています。苦手だからこそ、難しい言葉を使わずに説明することができます。英語を使うのは、アメリカやイギリスの人々だけではありませんから」

池野「私もアメリカに行ったばかりの時は英語が全くできませんでしたが、喋らないなりに伝えようとしていましたね。また、日本と海外では距離の問題があるのでは?と懸念するかもしれませんが、私は昨年、日米を33回往復しています。実は今朝もイスラエルから日本に来て、明日はアメリカに発つんです。そして来週はまた日本に戻ってきます。日本とアメリカは通えます。ただし体力は必要です(笑)」

IT×医療のイノベーションに期待高まる

池野「長年ITの世界で活躍されてきた孫さんから見て、今後の医療界はどうあるべきだと思いますか。ITと医療界はどのように協力できるでしょうか」

孫「かつてインターネットはブラウザとスクリーンの中に限ったものでしたが、近年はあらゆるものがネットワークに繋がるようになってきました。これからは身の回りの風景が変わっていくことが予想されます。また、センサーとAIの発達にも期待しています。様々なバイタルデータをセンシングして解析することにより、これまでの医療技術では分析ができなかった病気の予兆を発見できるかもしれません。従来はドクターが医学論文を書いて、そこから新しい薬や治療法が発明されてきましたが、これからはデータサイエンスの分野が切り込んでいくのではないでしょうか。今後、ITはヘルスケアや医療の世界に大きく貢献していくと思っています」

池野文昭氏(医師、スタンフォード大学)

池野「まったく正反対の立場にいる者同士が集まることで、新しい発見があるはずです。私は医学界ではまだ若い世代に入りますが、3年前にとある先生に『これからはIoTやデータが重要になってきますよ』と言ったところ『そんな雲を掴むようなことを言うな』と言われてしまいました。そこで『クラウドですから』と返したのですが、笑いが取れなかったんです。高齢化社会を迎えている日本の医療界では、今こそIoTやデータの利活用が必要です。孫さんと私のような医療科学者の立場がだんだん近づいていくのではないでしょうか」

孫「私もそう思います。データを分析した結果、予測まではできるのですが、何故そうなるかは分からないのです。ここから先は医療の分野です。これから10年で、ITと医療はコラボレーションし、大きなイノベーションが生まれるはずです」

高齢化社会を土壌に、世界の先駆けとなる

孫「2020年には、日本の人口の3分の2が65歳以上になると言われています。現在は60歳で定年を迎えますが、平均寿命が100歳になるであろう未来を考えると、定年時期を80歳に引き上げても良いと思います。60歳が働き盛りとして活躍できるように、社会システムや人々のマインドセットを変えていきたいですね」

池野「日本で僻地医療に携わっていた時、その地域の高齢者の割合が40%でした。これは、予想される35年後の日本の高齢化率と同じ割合です。そこでは、地域の青年団長を58歳の方が務めていました。孫さんの言うように、60歳が働き盛りと言われる時代がきっとやってくるでしょう。その世代をいかに元気にするかが我々の課題です。そして、将来的には中国やヨーロッパ諸国も高齢化社会を迎えます。現在の日本はグローバルマーケティングにおける最高の土壌と言えるでしょう。医療関係者とIT関係者が組んで高齢化社会に対するシステムやプロダクトを作れば、グローバル市場で長期的に通用するでしょう。今後は若い医師を巻き込んで、日本の高齢化社会を盛り上げつつ、世界に羽ばたくエコシステムを作っていきたいです」

互いに「正反対の立場」と述べる孫氏と池野氏。この対談直前に初めて会ったという2人は、最後に固い握手を交わし降壇した。これまで交わることがなかったものの、お互いの分野でインキュベーションに取り組む2人が交わした言葉は、共通項の発見も多い、刺激に満ちたものだった。