3400台あまり一挙導入、あの病院の現在地
現在も病棟内での主な連絡ツールであるPHS。その通話サービスが2020年夏には完全に終了する「病院2020年問題」は、いま、病院の担当者をもっとも大きく悩ます課題かもしれない。費用対効果の面から選択されるであろうスマートフォンをいかに有効活用するか。先例の少なさもその課題の克服を困難にさせている要因だろう。
その少ない先行事例のなかでも、2015年にスマートフォンを3400台あまりも大量導入した東京慈恵会医科大学附属病院は、多くの関係者に注目され続けている。附属病院へのスマートフォン導入を決定した同大学は、日本で初めて医療機器プログラムとして保険収載された「Join」の開発にかかわったほか、スマートフォンアプリを核としたIoTと組み合わせた脳卒中AI予防対策サービス事業の実証実験、全国14大学と連携した救急画像の共有を行う実証事業に採択されるなど、先端医療情報技術部を中心に、国家プロジェクトの研究にもかかわり成果を出してきた。現在もICT活用に関する様々な研究を進めているが、その中でフォーカスを当てているもののひとつが、「ケアの質」だ。
介護はもちろんのこと、医療でも病棟での術後管理や見守りなどケアの場面は多数ある。その質を上げられれば、患者の早期回復、早期退院につながる可能性は小さくない。また、ともすれば過重労働が頻発しがちな勤務の生産性を上げ、職場環境の向上に寄与できる可能性も高い。もちろん同病院では継続的に改善のための大小様々な取り組みを続けているが、そもそもケアの質に関し信頼できる指標がなく「見える化」ができていないため、本当に改善しているのか分からないという課題があった。
先端医療情報技術部はこの課題に対し、すでに導入済みのスマートフォンに2つの機能を持つ「電話帳」アプリを開発することで対応を試みた。1つは、業務中の効率化を図るプレゼンス通知機能だ。ケアを担当する看護師・支援スタッフが勤務に入り、共有端末を手にしてログインすると「今勤務中であること」「共有端末を持って連絡可能であること」が画面に自動表示される。以前は病棟内を常に移動しているため、どこの誰がどういう状況なのか分からず、また1人1台でもなかったため、端末に連絡したときに誰が出るのか分からないという問題があった。この通知機能があるだけで、連絡すべき人に必ず連絡できるという状況が実現した。職員間の連絡をスムーズにすることで、業務に集中できる環境を整えたのである。
もう1つは、ケアの質を職員本人に「定性的な内容でアンケートする機能」だ。先端医療情報技術部ではケアの質向上のため、スマートフォンを活用して「定量的な調査」「定性的な調査」をまずは行い見える化することを目標にした。定量的な調査については、病院評価機構が定める評価項目にある「生産性向上活動」の一環として、多くの施設が行う業務量調査をスマートフォンで行えるようにしたが、特徴的なのは定性的な調査の方だ。先に紹介した電話帳アプリに、業務後、終了する際「今日のあなたの看護の質をあなたなりに評価してください」と問いかける機能を実装したのである。この質問は毎回必ず表示され、入力しなければアプリを終了できない。こうして聞き続けることで定性的な評価をきちんと測定するほかに、問われ続けることが、職員の業務の取り組み方に影響を与えられるかを探究するねらいもあった。
この研究は一部病棟の職員に複数回の説明会を実施し自由意志による参加同意を募り、100名あまりの参加者を獲得。昨年から今年春にかけて実施され、集計後、2019年8月に開催された「第23回日本看護管理学会学術集会」で学術発表された。
「自発的な改善を生み出す可能性」
田村氏は研究の経緯を振り返り、職員自身に問いかけた調査の集計結果を発表した。それによると、アプリ終了時に繰り返し自身の看護の質を問われることで、32%が「振り返りのきっかけ」になったと答え、また17%が「アクションに繋がった」と答えていることが明らかになった。多数というわけではないが、シンプルなこのひとつの問いかけが、行動変容のきっかけになる可能性を示したものといえる。
研究結果を受け、東京慈恵会医科大学は、この電話帳アプリを看護病棟全体に広げることを決定。今年末から来年にかけ導入し、さらに取り組みを進める。定量的なデータだけでなく定性的な内容に関しても定期的に蓄積し、評価、改善するサイクル自体が医療分野ではほぼ見られないだけに、この取り組みが与える影響は小さくないだろう。Med IT Techでは今後も動向を追っていく予定だ。