【日本遠隔医療学会スプリングカンファレンス2018】見えてきたオンライン診療の未来像 福岡の実証事業、初の報告

 2018年2月10日-11日、都内で日本遠隔医療学会スプリングカンファレンスが開催された。直前にオンライン診療の診療報酬点が公表され、地域医療・在宅医療の中でテクノロジーを活かすよう強く誘導する国の意思が示されるなか、その重要参考例とされた「ICTを活用したかかりつけ医機能強化事業」(既報)についての網羅的な初の報告が、シンポジウムとして行われた。

1.「健寿社会を実現するための福岡市の取り組み、福岡100

2.パネルディスカッション:外来と在宅、それぞれに見えた可能性と課題

3.独自のデータヘルスプラットフォームを模索する福岡市

「健寿社会」を実現するための福岡市の取り組み「福岡100」

福岡市医師会、福岡市、医療法人社団鉄祐会、九州厚生局、インテグリティ・ヘルスケアの5者が取り組んだこの事業(既報)は、福岡市の『福岡100』プロジェクトのひとつとして実施されている。『福岡100』は、他都市と同様に超高齢社会を迎えている福岡市が、持続可能な社会づくりを目指し実行する、総合的な社会変革のチャレンジだ。

「福岡100」プロジェクトWebサイト

報告の最初として、福岡市保健福祉局政策推進部長の中村卓也氏が、事業の由来について語った。

福岡市保健福祉局政策推進部長 中村卓也氏

福岡市独自の喫緊の課題に、ICT活用が不可欠と判断

福岡市も他地域と同様に超高齢社会を迎えたが、地域独自の課題も浮き彫りになっている。例えばいわゆる「健康寿命」について、20大都市で比較してみるとあまり望ましい状況ではなく、特に女性はワースト2の19位。また、単身の後期高齢者が多くなっていくことが予想されており、これらの方々の見守りをどうしていくかが課題だとした。

医療面では、在宅医療を必要とする患者数が、2025年には対2013年比で約2.5倍へと急激に増加すると推計しており※、市下の医療機関で対応できるか懸念されている。これらの課題解決手段の一つとして期待されるのが、「ICTを活用したかかりつけ医機能強化事業」である。中村氏はこの事業を推進、定着させることで「患者、医師、行政(社会)の三方良しを実現し、福岡から社会を変えたいという思いで頑張ってまいりたい」と結んだ。

※地域医療構想からの推計

実証実験参加機関からの報告①:「移動負担の軽減は大きい」

医療法人すずらん会たろうクリニック 内田直樹医師

続いて実証実験に参加した2医院から具体的な報告がなされた。福岡市で約700人の患者に対し在宅医療、訪問診療を提供する医療法人すずらん会たろうクリニックの内田直樹医師は、まず実験に参加した動機として「在宅医療は非効率的だという思いがあった。日によっては診察時間より移動時間の方が長いこともあった」と現場の感覚を述懐した。

 症例として取り上げたのは、後期高齢者で物忘れ外来に通院していた男性。オンライン診療を開始するタイミングで悪性腫瘍の急性増悪が明らかとなったため在宅医療に切り替えてオンライン診療を併用することとなった。二週に一度の訪問診療と、その間をオンライン診療でまかなう診療計画を立てた。実際は病状の進展やイベントに合わせて電話再診、予定を早めての訪問診療、お看取り直前のオンライン診療の追加がなされたが、臨時往診をすることはなかった。「この資料をまとめた時に初めて気づいたが、臨時往診がなかった。これはオンライン診療のおかげで、非常に大きい点だと思った」と、内田医師は振り返る。患者家族にオンライン診療の感想を求めたところ「(お看取りも近く状態が不安定なこともあり)半日単位で容態が変わるような中だからこそ、すぐにオンラインで繋がることはありがたかった」との答えがあった。

 また、たろうクリニックでは別の患者(認知症を罹患)のオンライン診療も行っているが、家族の「(オンライン診療時、医師が画面に映ると)患者本人もまるで診察室に入るときのようにかしこまっているのが分かった」というコメントを紹介。実際の診療に近い感覚が患者の側でも得られているようだと話した。他方、家で診察を受けていることから「病院での診察だと緊張で忘れてしまっていることも、家でなら思い出しやすい」という、ユーザーならではの感想もあったと取り上げた。

 内田医師自身は、オンライン診療による移動の負担軽減と、画像、動画による診察が、電話再診よりも情報量があり診察に資することをメリットとしてあげた。今回のケースでは、攣縮の状態を画面で確認できたことや、オンライン診療をすることによって、往診に行くかどうかの判断がつきやすかったという。また認知症患者の場合、電話だけでは医師だと分かってもらえないこともあるが、画面を通してならその心配もないとした。デメリットとしては、通常の診療を通じた信頼関係が前提となること、今回のケースのように診療計画通りには当然行かず、電話再診と訪問診療を状況によって複数回組み込んだこともあり、完全に対面診療を代替するものではないことを指摘した。

実証実験参加機関からの報告②:「早く気づけることもあるが、見逃すこともあるのではないか」

 同じく実証実験に参加した、地域活動などにも力を入れている福岡市早良区のにのさかクリニック院長の二ノ坂医師からは、外来診療にオンライン診療を組み込んだケースについて報告があった。

にのさかクリニック院長 二ノ坂医師

 二ノ坂医師は、すでに受け持っていたかかりつけの患者のケースについて、オンライン診療を組み込んだ例を紹介した。高血圧症を持つ60代の男性。対面診察を2カ月に1回、その間の月にオンライン診療というかたちをとったが、途中で心理面での容態変化があり、診療計画外で急遽外来対応したり、対面が不規則に頻回となったという。二ノ坂医師は「オンライン診療によって早く気づけることもあるが、心理的な異常や変化に関しては、かえって見逃すこともあるのかもしれない」と語った。

 

さらに実験に参加した結果考察できたことを、患者の類型や容態3つ(外来患者、独居高齢者、在宅ホスピス)に関して披瀝した。外来患者では、患者にとって受診のハードルが下がり、緊急の相談がしやすくなって医師との関係が作りやすくなること、医師にはオンライン診療を取り入れることで密度の濃い診療ができ、患者の普段の様子が分かることをあげた一方、患者、医師双方が対面診療を軽視することにならないか懸念もあるとした。独居高齢者に関しては、そもそも通院困難であったり、服薬や健康管理が自分では難しく、ICT機器を使えない方が多いので、医師やコメディカルなど多職種が連携して代わりにオンライン診療のツールを使い訪問時の状況を報告し、シェアすることができるだろうとした。最後の在宅ホスピス(お看取り)に関しては、それまで気づいてきた医師と患者の信頼関係に基づいて適切な診療計画を策定できれば、緊急時に往診以外の手段でも柔軟に対応でき、家族の不安が軽減されるだけでなく、医療側の負担軽減も期待できるとした。

パネルディスカッション:外来と在宅、それぞれに見えた可能性と課題

この報告を受けたパネルディスカッションでは、かかりつけ医強化事業で活用された「YaDoc」開発元のインテグリティ・ヘルスケアの園田愛社長も加わって議論が行われた。

インテグリティ・ヘルスケア 園田愛氏

 園田氏は最初に「オンライン診療はあくまで医師と患者の信頼関係があってのもの。かかりつけ医が従来より豊富な情報を得られることが重要である」とした。このシンポジウムのわずか数日前、2018年2月7日に中医協の答申でオンライン診療に関する診療報酬の設定内容が明らかになったこともあり、そのことも踏まえた意見交換から始まった。ファシリテーターを務めた福岡医師会の庄司哲也常任理事は「かかりつけ医の強化がテーマのひとつで、オンライン診療もそのひとつとして認められたのだと思う」と所感を述べ、特に慢性疾患において治療中断を防ぎ、重症化予防に資することを期待されたのだとの見方を示した上で、この点について外来、在宅医療の類型別に論じ合った。

外来におけるオンライン診療ー生活習慣病のコントロールと勤労世代の診療継続に寄与する可能性

内田医師は、たろうクリニックが認知症ケアに力を入れていることから、その観点から外来でオンライン診療を導入するメリットを挙げた。

「生活習慣病ということで言えば、認知症も生活習慣病のひとつ。特にアルツハイマー病は糖尿病、高血圧症との関連が指摘されており、メタボリック・ドミノの一番最後は認知症だというのが、最新の考え方だ。その考え方で言えば、オンライン診療で診療中断を減らし生活習慣病をコントロールすることができれば、認知症自体の発症を減らせることができるのではないか。このまま糖尿病のコントロールがうまくいかなければ、2060年には認知症恒例者が1,000万人を越えるという予測もある。その意味でも生活習慣病をコントロールすることの意義は大きい」

また、MCI、認知症患者に対するオンライン診療の意義も述べた。認知症と診断され自動車運転免許返上となった患者、介護者にも負担が大きい重度の患者に対してのオンライン診療は、負担軽減効果を見込めるとした。

 二ノ坂医師は「オンライン診療では画面を通じて、患者の生活現場をみながら治療ができるという利点がある」とし、また患者、家族側も生活の場から話ができるのも大きなメリットだと語った。しかし医療者と患者、家族との信頼関係や、地域の中での患者、家族のありようも診療の成否に大きく関わっていることを挙げ、オンライン診療だけでうまくいくわけではないと指摘した。あくまでツールのひとつとして捉えることが重要、と訴えた。

 福岡市の中村氏は、実験で確かめられたこととして、本人と介護者の通院負担の軽減、治療脱落の防止を通じた重症化予防への貢献を挙げた。今後重要視したいのは、勤労世代に対する外来へのオンライン診療の組み込みだという。「勤労世代が脱落せずに通院を続けられるような仕組みが求められるのではと思う」と外来における展望も語った。

 園田氏は、システムである「YaDoc」提供者、そして鉄祐会 祐ホームクリニックとして地域で在宅医療実施している立場も踏まえながら、今回の実証の枠組みの目的、また外来でのオンライン診療の有効性について語った。「オンライン診療で取り組める課題は3つある。一つ目は通院困難な患者や多忙な勤労世代の治療継続。二つ目は医師が診療に必要な情報の把握。これも十分ではないのではという認識があった。診察時、患者や介護者が医師に的確に状況を伝えられているのかということだ。最後はアドヒアランス。(対面診療のみでは)例えば1カ月1回、10分の診療の中で、医師は治療方針や療養上の指導を口頭で伝えきることになる。あとは患者自身が自分で治療と向き合うわけだが、この部分でもITが何かサポートができると考えている」

ITリテラシーと企業の理解も課題

 課題については、内田医師、二ノ坂医師ともに患者側のITリテラシーを挙げる。認知症患者や高齢者が使いやすいデバイスの必要性や、セキュリティ面の懸念も語られた。 中村氏は当事者だけではない、オンライン診療に対する一般のイメージについて言及する。

「一般の方にはまだまだオンライン診療の認知度は高くない。信頼性に疑問を持っている人もまだおられる。今回の実証実験の成果を知らしめ、信用を高めていくのは行政の役割」と語り、導入にあたっての理解醸成も課題だとした。その関連で、今後勤労世代へのオンライン診療を普及させるにあたっては企業経営層の理解と協力も不可欠だと指摘する。

 園田氏はそれを補足するかたちで、実証実験以後の福岡市における取り組みにも触れた。「勤務中、離席してオンライン診療を受けるとなった場合、まず診療を受けていいのか、また(プライバシーに配慮されているという意味で)オフィス内に受けられる場所があるか、という問題などがある」とし、社内制度の整備、場所の確保といった企業側の協力が必要だとした。現在福岡市内でそうした協力が得られるよう働きかけを進めているという。最後に「利便性を先行して訴求するのではなく、仕組みを理解し安全に使うという認識をいかに広めるかも課題」と、運用に入ったあとの意識も大事だとした。

在宅におけるオンライン診療 — 医療側の負担を低減しながら、適時的確な対応ができる柔軟性

 続いて在宅医療におけるオンライン診療について、それぞれの所見を披露した。内田医師は診療側の負担軽減の大きさを語り、そのメリットがもたらす可能性についても語った。

 「1カ月に2回対面診察のところ、そのひとつをオンライン診療に振り替えれば(移動時間が削減でき)、それぞれの医師が患者をより多く診られるようになる。また報告したように、診療の質を落とさず臨時往診の数を減らせる。臨時往診は予定されている訪問診療のスケジュールを崩すなどして向かうことになるので、診療側の負担が大きい。オンライン診療によってすぐに臨時往診に行くほどの状態ではないと判断ができれば、対面診察を翌日に延ばすといったこともでき、それだけでもかなり負担減になる。地域差を埋める役割も期待できる。過疎地域、中山間地域などは在宅医療を行っている診療所自体が少ないので、オンライン診療を取り入れることで、かかりつけ医が在宅医療をしやすくなるだろう」

 二ノ坂医師は続いて、「在宅に限らないが、オンライン診察を取り入れれば(対面)診察の間の報告がしやすくなる。それが医療に対する信頼醸成につながるのではないか」とメリットを語り、独居高齢者に対しても、ケアマネージャーや訪問看護師がオンライン診療を多職種連携に活かしていくことができ有効だとした。

 中村氏は今後の市の取り組みにも言及した。「福岡市が捉えている課題として、在宅医療ニーズの急増、それに対応するための在宅医療を行う医師の増加がある。これに取り組むため市では福岡市在宅医療協議会を組織し、福岡市医師会とともに、在宅診療医を支える仕組みをどう構築するか検討中で、これにオンライン診療をどう組み込んでいくかが非常に大事」とし、在宅診療を支える体制づくりのひとつとして捉えていることを示した。

 園田氏は、地域医療や今後の医療政策に対する対応においても有効だとの所見を語る。「お看取り前のような医療依存度の高く、状況が刻一刻と変わる患者に対応する段階では、オンライン診療を組み込むことで、適時的確に負担を低減しながら対応できるのではないか。また、病院に対する入院期間削減の取り組み強化を求める流れの中で、急性期に近い患者が在宅医療へ移行するケースも増えていく。そういう患者への対応にも、オンライン診療は有効である」という。さらに「かかりつけ医の中でも、在宅中心のところと外来中心のところでは、対応できる範囲に差がある。例えば、後者では月2回の訪問診療は負担が大きい。月2回では大変だけれど、1回では心配だという患者に対しオンライン診療と訪問を組み合わせて対応できれば、在宅医療を継続しやすくなるだろう」と語った。

独自のデータヘルスプラットフォームを模索する福岡市

Med IT Techでは、シンポジウム終了後個別取材を行い、実証実験以後の取り組みなどについて展望などを聞いた。

編集部:今回の実証実験の特徴のひとつとしては、各学会でオーソライズされたガイドラインに規定されている問診票を取り入れ、適した情報をインテークしていこうという部分もあると思いますが。

園田氏:私たちも在宅医療提供者として関わっているので「生活を支える医療」がいかに求められ、地域医療がそれに応えようとしているかを知っていた。その中で、患者の日常生活に関する情報の必要性を感じていた。実証事業で実際に取り組んでみたところ、結果は明らかに良かった。医師側も有益な情報が得られたという評価で、患者側も伝えたいことが伝えられたという感想が多かった。

編集部:まさに「取るべきデータを正しく取っていく」ことが、データを扱えるというオンライン診療の強みを活かすことだと感じています。こういったデータの扱いについて、福岡市が掲げておられる「健寿社会の実現」のために、どのように活かしていかれますか。

中村氏:診療の質を上げていくかだけではなく、バリューチェーン全体で上げていきたいと考えている。そのために、福岡市では『地域包括ケア情報プラットフォーム』と名付けたデータベースを組成している最中だ。レセプトデータ、特定健診データ、介護レセプトデータを住民情報を真ん中につなげていこうというもので、将来的にはそういったものと、診療時のデータも繋げていければと考えている。

福岡市の公開資料より

データ分析の結果についてはこれからある程度オープンにしたい。例えば認知症高齢者がどの地域に多いかといった、地域でどういった疾病が多いかがわかり、将来予測もできる。これを現在閲覧できるのは保健師や政策担当者のみなので、平成30年度では医療関係者や企業にある程度オープンにしていくことも実施していきたい。

「ICTを活用したかかりつけ医機能強化事業」は、実証実験から社会実装へのフェーズに入る。報告の中でも明らかになったように、外来と在宅、それぞれのシーンに合わせた適正なオンライン診療のあり方を模索すると同時に、企業や市民に根付かせるための取り組みも始まっていく。保険収載の呼び水になったともいえるこの取り組みは、引き続き関係者が注視すべきモデルケースであり続けることだろう。