「1.5日で保険収載を目指すアプリを」挑戦的なハッカソン『K-MAH』が提示したものとは

 

昨年あたりから、医療介護領域のイノベーション促進を目指すイベントが増加してきている。大小様々ものが開催されているが、それらの多くはすでに創発したアイデアやビジネスモデルを披瀝するピッチイベント。イノベーションやICTの世界ではなじみ深い、その場でチームビルディングから始めアイデアを創発し、プロダクトのモックアップまで作成する「ハッカソン」が行われることは多くない。

その原因としては様々な要素があるが、こと「医療」と「ICT」のクロスオーバーという意味で言えば、両方のリテラシーを持つプレイヤーがまだ少ないこと、医療者とエンジニア間のコミュニケーションが難しいことが挙げられるだろう。何しろ、特に日本ではこれまで接点がほとんどない領域同士であり、お互いが話している言葉、用語でさえ理解できず会話すら成立しないことがあるほどだ。しかし「医療機器プログラム」が薬機法で認められた現在、医療資源の効率的活用や高度化を実現するには、多くのプログラムが上市されなければならない。それを生み出す有効な開発ツールとして「ハッカソン」は重要な打ち手であるはずだ。

「爆速で開発する」発想は危機感から

先にあげた多くのイベントの中でも、影響力の大きなものとして著名なのが2016年より年1回開催されている「慶應医療ベンチャー大賞」。今年も12月に決勝大会が開催され、9月30日まで応募を受付中だが、今年はその前に別イベントとして、新しい試みが先日の8月31日ー9月1日に初開催された。それが「1.5日で保険収載を目指すアプリを」と高い目標を掲げたハッカソン『K-MAH』だ。

田澤雄基医師(慶應義塾大学医学部卒、MIZEN クリニック豊洲院長)

このハッカソンを主導的立場で企画したのが、慶應医療ベンチャー大賞の統括も務める田澤医師。『K-MAH』は「ケー・マッハ」と読み、まさに爆速で開発することを意識した名前だという。「でも、誰もそう読んでくれないんですけどね」と自嘲しながら、これまで正式にプログラム医療機器として保険収載されたソフトウェアがひとつしかないことを挙げた。この分野を進展させなければならないという危機感から生まれた企画だという。そのために単に参加メンバーの努力に期待するだけではなく、効率的かつ質の高い創発を手助けできるよう、事務局メンバー自らがリハーサルするなど、プロセスを煮詰めた。

筆者の目からみても、その工夫は随所に見られた。まずは、イベント申込者を事前にそのスキルや立場を考慮し、役割が重複しないよう事務局側で振り分けチーム編成していたことである。

K-MAH Webサイトより

このことにより各チーム(今回は6チーム編成)のメンバー編成によるパフォーマンスの差が生まれないようにし、かつ効率的な創発ができる素地を作っていた。

計算し尽くされた1.5日のプロセス

開催当日も、他分野で行われている創発系イベントの知見を取り入れていた。スタートからチーム全員で取り組ませたのがこちらだ。

いわゆる「アイスブレイク」、チームメンバー同士がまずは打ち解けるようなゲームを組み込んでいたのだが、注目したのはその時間の短さと効率の良さ。通常、よく採用されるのは「マシュマロ・チャレンジ」と言われる、マシュマロとパスタでどれだけ高い塔を作ることができるかを競うゲームだが、この日は「箸だけを使って紙コップをどれだけ高く積み上げられるか」というものだった。マシュマロ・チャレンジは数十分かかるが、こちらのゲームは10分で完結する。どちらもチームビルディングに必須の「笑い」と「活気」を生み出すが、時間が短いからといって質が劣るものではなかった。まさにあっと言う間に場の雰囲気が変わり、活発な会話が即座に始まっていた。

次の工夫は、グループワークの折々に、その参考になるような座学を識者の講演というかたちで組み込んだことだ。初日は厚生労働省の藤野氏を迎え、関連法規のオーバービューを行った。

厚生労働省 医薬・生活衛生局 医療機器審査管理課 先進医療機器審査調整官 藤野綾太氏
藤野氏は所轄官庁の担当官として、関連法規の体系を説明した

川崎市殿町地区の殿町タウンキャンパスに場所を移した翌日の2日目には、研究者とベンチャーの識者2人が、それぞれの立場から実践的なレクチャーを行った。

東京慈恵医科大学 先端医療情報技術研究部 畑中洋亮氏
畑中氏は所属する研究部の実績の一つである「Join」のアウトカムについて説明
Save Medical代表取締役 日本医療機器開発機構 事業開発ディレクター 浅野正太郎氏
浅野氏は医療機器プログラムの「狙いどころ」を実践的に説明した

数時間ごとにこのレクチャーを組み込むことでグループワークを停滞させず、また新たなアイデアの想起を促すような意図が伺えた。そして、演者の方々も都合がつく限りグループワークにメンターとして参加していた。

これらの「濃密」かつ「絶え間ない」ワークへの支援は、参加者にとって非常に刺激があっただろう。メンターへの質問も常に許されていたので、各チームが何回もフィードバックを受け、アイデアを磨き上げる姿が見られた。

また事務局もリハーサルをした経験から、推移を見ながらマイルストーンを意識することを喚起していた。「初日でテーマ設定を終えましょう」「そろそろプロトタイプづくりの時間です」など、進捗を見て全体に、または個別にアドバイスを行っていた。そうしたさまざまな援助で、最終のプレゼンでは、6チームのほとんどが時間内にプロトタイプを仕上げて披露することができていた。チームによってはそれに止まらず、アイデアの良さをアピールする寸劇まで行えていたほどである。

審査員もプレゼンテーションの精度に驚く

審査員らとともに参加者全員の記念撮影

今回のイベントで生まれたアイデア、プロトタイプは今後もプロジェクトとして続く可能性があるため詳しくご紹介することはできないが、リハビリ分野、周産期医療分野、処方箋情報を活用するアイデア、腎不全予測、救急救命分野などで非常に具体的なソリューションの提案が行われた。アプリ名やビジネスモデルの検討までできていたチームもあり、おそらくいくつかのチームはベンチャー大賞の応募もすることだろう。

プレゼンテーションの審査は慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター特任教授でリサーチコンプレックス推進プログラムオーガナイザーの吉元良太氏、シリコンバレー・ベンチャーズCEOの森若幸次郎氏、アイ・メデックス代表取締役の市田誠氏の3者で行われたが、皆一様にプレゼンテーションの精度に驚いていた。ただひとつ難点があるとすれば、それぞれのアイデアに斬新さがあまりなかった点。医療機器プログラムとしての認証、保険収載を目指しビジネスモデルの検討もするとなれば斬新さは二の次になるかもしれないが、アンメット・メディカルニーズはまだまだ多くある。この試みが恒常化することでその深耕が進み、ICTの力で「爆速に」その解決の方向性が示される、その先導役となることを期待したいところだ。

慶應義塾大学医学部では、この後12月に3回目の「慶應医療ベンチャー大賞」の決勝大会を開催する。また先ごろ創薬分野で、文部科学省の「オープンイノベーション機構整備事業」に採択された。大学全体でイノベーションのパイプラインを創造し、継続的にインキュベーションを支援しようという動きは、さらに強化されるだろう。