【特別寄稿:Health2.0レポート】在宅医療の旗手が見た、遠隔医療の視座

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今回、medit.techでは関東で9つの強化型在支診を展開している医療法人社団 悠翔会の佐々木淳医師(理事長)に『Health2.0』にお越しいただき、セッションをご聴講いただきました。在宅医療のフロントランナーが医療分野へのテクノロジー導入をどう見るのか、コラムにまとめていただきました。

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診療を終えてHealth 2.0へ。

1日目、17:05からのセッションは「起業家医師たちが語る遠隔医療展望」。池野文昭氏のモデレートによる、5名のスピーカー、3名のデモンストレータのディスカッション。

池野文昭氏(スタンフォード大学)
池野文昭氏(スタンフォード大学)

池野氏を含む9名全員が起業家医師たち。前段では、メドレーの豊田社長が遠隔医療の先進性と将来性についてプレゼンしたばかり。

僕らは在宅医療の現場で「電話再診」という形での遠隔医療をすでに実践している。個人的には、これが爆発的に普及していくことはないだろうと考えている。

遠隔医療も、中身は医師による患者の診療であり、それが通信媒体を経由して行われているというだけ。遠隔医療ベンチャーの多くは、医療へのアクセシビリティが改善することをアピールするが、それは本当に患者にとって利益なのだろうか。再診料しか認められない遠隔医療で、医師は時間単価を稼ぐために、より多くの患者を診なければならなくなる。患者は医師からは実質的に「薬を買っている」だけで、きちんとしたフォローアップが受けられていない、ということにはならないだろうか。

在宅医療のように通院困難なケースにおいては、電話再診が画像や動画を伴うことで、より高精度な判断、より高い患者満足度(安心感)につながる可能性はあると思うし、将来的には訪問回数を削減し、遠隔医療+IoT(見守りセンサー等)を併用することで、医師の診療効率化と診療品質向上を両立できるのではないかと考え、その準備は進めている。

しかし、例えば生活習慣病の重症化予防をきちんとやりたいのであれば、電話で薬が買える、ということではなく、生活習慣の改善という行動変容、健康管理意識の活性化を起こすための工夫が必要だろうし、そのためには相応の時間とコストが必要になる。AIによってこのあたりがセミオートマティックに対応できるような仕組みがあれば話は別だが、医者と患者をネットでつなぐだけでそれができるとは思えない。

というわけで遠隔医療の将来性に比較的懐疑的な立場でディスカッションを拝聴した。

panelists
左より加藤浩晃医師(京都府立医科大学)、内田毅彦医師(株式会社日本医療機器開発機構)、石見陽医師(メドピア株式会社)、武藤真祐医師(医療法人社団鉄祐会祐ホームクリニック)

5名のスピーカーの遠隔医療に対する見解は下記の通り。

在宅医療領域の雄でもある武藤真祐先生は、日本のコミュニティケアのシンガポールへのローカライズに挑戦するグローカリゼーションの実践者。ハードではなくソフトの輸出という困難なテーマに正面から取り組むとともに、ICT+IoT+ロボットなどにも挑戦している。武藤先生は、遠隔医療はアプリケーションに過ぎず、それ単体でイノベーションというのは難しいと一刀両断。日本は医療へのアクセシビリティが十分に高く、遠隔医療ならではの付加価値を考えないとブームは沈むと警告。同時に、世界の遠隔医療の状況を俯瞰しながら、日本という特殊な環境に適合していくことのリスクを指摘した。

京都府立医大の加藤浩晃先生は、遠隔医療は始まったばかりで、法律的にも未整備であるという現状の認識を披露。

日本医療機器開発機構の内田毅彦氏は、まずは遠隔診療をはっきり定義すべきと提案。そして、遠隔診療と対面診療のRCT(ランダム化比較試験)を実施し、遠隔医療をきちんと評価することが重要であること、評価がなければ、なし崩し的に禁止も推奨もすべきでないと指摘した。

また、遠隔医療の価値は(少ない財源の中で医療を効率化するという視点も含め)、どの程度のリスク、どの程度のコストまで許容できるのか、国民が決めるべきであると指摘した。

メドピアの石見陽氏は今回のスピーカーの中では、遠隔医療の実業(メディプラット)をやっている唯一のパネリスト。遠隔医療だけなら、スカイプやラインでもできる話であり、何を提供するか、ということが一番重要になると指摘。ラストワンマイルは患者さんのところに行くというプロセスであると、リアルとネットの融合を重視する姿勢を示した。また、ビックデータ解析などにより医師やコメディカルの業務負担軽減の可能性について言及された。

5名のスピーカーに続いて、3名のデモンストレータ。

株式会社エクスメディオ(物部真一郎医師)は、Doctor to Doctor の遠隔医療を提供している。

「クスリバ」という治療支援プラットフォーム、「ヒフミル」という診断支援プラットフォームを充実させることで、医師の診療支援を遠隔医療で実現しようとしている。ヒフミル君は僕らも利用しているが、これは無料のサービス。現状はマネタイズの面に課題がある。

株式会社情報医療(原聖吾医師)は、「医療に関する情報を集約することで人をより健康にする」というコンセプト。

深層学習に強みを持ち、慢性疾患の治療継続に注力している。診察室の中で消えていくやり取りをオンラインに蓄積し、どうすれば治療継続につなげることができるか学習させていく。

メドケア株式会社(明石英之医師)は、「患者を減らす医療」をコンセプトとしている。

予防可能な病気の発症をゼロにする。病気のストレスをゼロにする。無駄な医療をゼロにする。という社会に対する明確なメッセージを発信しながら、生活習慣病専門クリニックも運営し、遠隔医療に管理栄養士による遠隔栄養指導なども組み合わせて、実効性の高い生活習慣病管理を実践している。

1時間のディスカッションを通じて、クリエイティブで付加価値の高い遠隔医療を提供しようとしている医師によるスタートアップ企業の存在を知ることができた。医師同士の診療支援は、診療品質の向上という付加価値を生み、AIによる深層学習と遠隔による高頻度かつ充実した生活指導は、生活習慣病患者の行動変容を誘導することができるかもしれない。

一方で、加藤先生からは、再診料のみしか算定できないという診療報酬の低さが、実際の診療運営を困難にするのではないか。また診療費が安く、利便性が高くなれば、当然患者は遠隔医療に流れることになるが、それが果たしていいことなのかとの指摘があった。

また、石見氏からは、サービスの法的定義がきちんとされていない状況で一罰百戒のリスクもあること、現状ではビジネスとして成立していないこと、またビジネス化したら直ちにコモディティ化していくことから、サービサーが生き残っていくことの難しさも示唆された。

在宅医療においては、医師が患者宅に訪問するという時間的コストが大きくかかっている。また在宅医が絶対的に不足する中、訪問診療と遠隔医療を組み合わせていくことは有益だと考えている。

また、慢性疾患の外来管理についても、適度な通院と遠隔医療の組み合わせは効果的なのではないかと思う。

しかし、いずれも検証は必要であり、利便性だけをクローズアップすることは必ずしも患者にとって利益ではないかもしれない。

医療とは何のためにあるのか、どうあるべきなのか。考えさせられたセッションだった。

寄稿者:佐々木淳医師(医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長)

筑波大学医学専門学群、東京大学大学院博士課程卒業。三井記念病院、医療法人社団 哲仁会 井口病院副院長等を経て、24時間対応の在宅総合診療を提供する医療法人社団 悠翔会を設立。

著書:
これからの医療と介護のカタチ~超高齢社会を明るい未来にする10の提言~
在宅医療 多職種連携ハンドブック
家族のための在宅医療実践ガイドブック

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