【世界糖尿病デー】世界初のプロチームの挑戦「チーム ノボ ノルディスク」

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ファンが書き留めた多くのメッセージ。ボードはチームが参戦した「ジャパンカップ サイクルロードレース」のパドックに掲示され、訪れた多くの人が書き込んだ

毎年11月14日は、WHO(世界保健機関)が定める「世界糖尿病デー」だ。全世界規模で糖尿病の脅威を社会的に周知し、その予防や対策に向けたキャンペーンを推進する日とされ、日本でも数多くの関連イベントが実施される。今年は過去最多の約200件が催されるという。この日は多くのメディアで関連報道がされることだろう。

(世界糖尿病デーにおけるライトアップなどイベント情報はこちら)

プロスポーツの世界でも、糖尿病に対する啓発の機会を、ある意味これ以上ないかたちで提供しているチームがある。所属する選手全員が1型糖尿病に罹患しているという、世界でも唯一のプロサイクリングチーム「チーム・ノボ ノルディスク」だ。

 

チームの公式ウェブサイト

 チーム自体のコンセプトが世界初であり、現在もこうした「患者」しか所属していないという唯一のプロスポーツチームとして、スポーツ界でも大きな存在感を放っている。生活習慣に起因することが多い2型と比べ、1型は何らかの原因で糖質を消化するインスリンが体内で分泌されなくなる病態で、自身にはなんの落ち度もない。しかも現在まで根治療法はなく、患者は一生、自ら定期的にインスリン注射する必要がある。しかし、糖尿病患者の大多数は生活習慣病とも言われる2型であるため、これまで無理解に起因するさまざまな困難や不都合に直面してきた。だが1型に関して言えば、インスリン摂取を含め、患者自身がしっかり体調管理さえできれば生活に支障はなく、プロアスリートレベルの激しい運動すら何の問題もない。

 「チーム ノボ ノルディスク」はその事実を「患者」自身が身をもって体現することで、糖尿病や患者に対する無理解を払拭すると同時に、世界中の患者へ、自身の病気に前向きに取り組む気持ちを持ってもらいたいとメッセージを発している。実際、チームは結成当初から所属カテゴリーを順調にステップアップさせ、近年は日本のトップカテゴリーのレースにも参戦、好成績を挙げる一流のプロチームへと成長した。

 チームはこうした本来の活動のほかに、世界各地で一般の方々に対する啓発イベントも積極的に行ってきている。今年も「RoadShow」と題し、チームにかつて所属した元プロサイクリング選手、ジャスティン・モリス氏をアンバサダーとして、彼自身の体験を話してもらうことで理解と共感を深めるイベントを日本各地で開催した。今回は世界糖尿病デー記念記事として、東京丸の内で行われたRoadShowのもようを採録する。

「糖尿病は、ヒーローしか選ばない」

メインイベントの最初にアンバサダーのジャスティン・モリス氏が登壇し、自身の発症から現在までの道のりを振り返った。

登壇し自身の体験を語るジャスティン・モリス氏
同じ立場の選手に励まされた

オーストラリア生まれのモリス氏が糖尿病を発症したのは10歳のとき。それまではパイロットになることを夢見る、ごく普通の少年だった。しかしある日から数週間も体調不良に悩まされ、見かねた両親に病院に連れて行ってもらい、下った診断が1型糖尿病だった。生涯この病と付き合わなければならないこと、パイロットの夢は諦めることを主治医、母から告知され、自分の人生は終ったと感じるほど落ち込んだ。

 しばらくは暗澹とした気持ちのまま日々を過ごしていたが、通院したある日、診察室に地元オーストラリアではかなり有名なラグビー選手の写真が飾ってあるのを見つける。主治医にこの選手について聞いてみると、彼も1型糖尿病であることを教えられ、自分にも何かできるのではと、勇気の扉が開いた気がしたという。

 様々な経緯があったが、その後自転車競技に自身のモチベーションを見出しトレーニングを重ね、プロの自転車選手になることができた。最後に所属したのがチーム ノボ ノルディスク。プロとしてのキャリアは5年間だったが、5大陸すべてのレースに出場するなどプロとして活躍する夢が叶った。

モリス氏が参加した2017年のモンゴリア・バイク・チャレンジのウェブサイト

 現在はチームのアンバサダーとして後進の指導や今回のようなイベントで自身の体験を話しているが、レース活動を引退したわけではない。2017年、つい先日の8月には、プロ選手でも過酷と言われる7日間で約1,000kmを走破するレース「モンゴリア・バイク・チャレンジ」に出場。途中、非常に苦しくなりリタイヤも頭によぎったが必死に歯を食いしばり、なんと全体の9位で完走した。完走率が半分という過酷なレースで、1型糖尿病患者が完走しなおかつトップ10に入るという、まさに偉業を成し遂げたのである(総合成績はこちら。9位にモリス氏の名前がある)。

モリス氏は自身のこれまでを振り返り、自分は幸運にも多くのサポートを得られたからこそできた、一人では決してできなかっただろうと述べ、最後に診断直後にある人からかけられた言葉を引用した。その言葉はその後の人生に非常に役立っているという。

「糖尿病を克服するにはヒーローでいなくてはいけない。だけど糖尿病はヒーローしか選ばないから、心配することはないよ」

 

「体の声を聞く」センシティブさが大事

Med IT Techではこのセッションの前に時間をいただき、ジャスティン・モリス氏に個別に話をうかがうことができた。その際色々とお聞きした中で印象的なやりとりを紹介する。

控え室で応対してくれたモリス氏

編集部:(モリス氏が出身の)オーストラリアで同じ病気で活躍されている選手がいるというお話をお聞きしましたが、自分の体調、たとえば血糖値が下がるタイミングとか、体調を維持するコツといったものは、そういった先輩方から聞いて得たようなこともあったのでしょうか。

 

モリス氏:正直に言えば、自分の「体の声」を10年近く聞き続けていたので、そこで得たものが多いです。もちろん、「チーム ノボ ノルディスク」に参加してからは、チームメイトから色々聞いたりして、学びのスピードが格段に上がったというのはあります。

 

編集部:そこはモニタリング機器を使って効率的に学びを得るといったこともあったのでしょうか。それとも、あくまで体感でしょうか。

 

モリス氏:体感ですね(即答)。チームに参加した後は、最新の医療機器に触れる機会はもちろん増えましたが、でも、それらを使わなくても自分は体感で分かります。

 

編集部:今のお答えは、自分の体調に普通の人より気をつけなければならないアスリートだからこその気づきだと思いました。

 

モリス氏:そうですね、まさにそうです。自分の「感度」を上げていかなければならなかった、というのはあります。

 

編集部:一般の方にもそういった、感度を上げるといった部分の必要性の認識が広まるといいですね。

 

モリス氏:そうですね。

 

このやりとりは医療とICTに関する取材を重ねている自身にとっても意外であると同時に、大きな学びをいただいた気がした。ツールはあくまでもツールであり、使用者の意識がしっかりと病気そのものへ対峙していなければならないということだ。モリス氏はその講演の中で、こうも訴えた。

「1型糖尿病を抱える人は、普通の人より多くの困難にぶち当たるかもしれません。しかしそれは挑戦[チャレンジ]であって、決して障害[バリア]ではないのです。そしてそのチャレンジを乗り越えるためには『ユウキ』が必要なんだと思います」

来日中に覚えたという日本語『ユウキ』をそのまま発音し、自ら糖尿病と対峙し克服する勇気を持つことの大切さを語った。

「チーム ノボ ノルディスク」には、現在も19人の選手がプロライダーとして登録している。もちろん、全員が1型糖尿病患者である。彼らは選手として競争力を発揮し活躍するだけでなく、中には自らチャリティ・レースを母国で開催し研究資金を寄付した選手もいるなど、全員が啓発活動に対する意欲と責任感を持ち合わせている。2021年にはサイクルロードレースの最高峰であるツール・ド・フランス出場を目指すチームは、世界中の賞賛と支援を受けながら、まだ誰も到達していない高みへの挑戦を続ける。

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