既報に引き続き、アクセラレーターの事例として慶應義塾大学医学部の「健康医療ベンチャー大賞」を取り上げる。前回報じた3月19日の相談会から1週間後の2017年3月26日、三田キャンパス内にて決勝大会が開催された。応募70団体から一次選考をくぐり抜け、2月と3月の相談会による集合でのメンタリングを経た、社会人部門、学生部門それぞれ5チームが登壇。ビジネスプランを審査員へピッチした。
学生部門
チーム・タイマッサージ「企業における予防歯科DENQ」
従業員を対象とした、企業訪問型の予防歯科サービス。医科歯科医療費の抑制を目標とし、行政や研究機関との連携を狙う。企業において最初は無料の衛生チェックを行うなどして事業の軌道化を目指す。
チーム・イノベーティブ・ヘルス・デザイン「野菜栽培キットによる認知症ケアの提供」
「園芸療法」による認知症ケアを提案。認知症患者の入所施設や家庭を対象に、野菜栽培キットを毎月送るサービス。キット内にはケアブックを同封する。当事者がやりがいを持って能動的に取り組むことができるよう、仕掛け作りを行っていく。
チーム・Q「医師が患者の経過を把握できるシステムQ」
診察時の音声を認識し、カルテの自動生成を行う。その後、患者にはメッセージングサービスで容態に関する簡単な質問が届き、回答を行うことで、医師は患者の経過を把握する。セキュリティや学習効果のフィードバックなど課題は残るが、病院が患者の経過を把握できないという問題の打開が期待できる。
チーム・Cancer journey「CAdVoice」
がん患者を対象とした情報提供サービス。進行の度合いに応じ、その時に必要な食事療法や手術後の注意点など、実用的な情報配信を個別に行う。がん保険の特約として付加、製薬会社にデータベースを提供するなどの事業プランを披露。
学生部門最優秀賞は、外国人観光客向け遠隔医療相談サービス
学生部門の最優秀賞に選ばれたのは、来日した外国人観光客を対象とする遠隔医療相談のサービスを計画する「Doc Travel」だった。
外国人観光客が日本で病院を探すとき、その場で「Japanese hospital」といったワードで検索しても、高度医療を行う大学病院ばかりがヒットし、地域のクリニックを探し出すことは困難である。適切なクリニックが探し出せない状況ならば、直接“おもてなしの医療”が実現できないかと考え出されたのが、ビデオ通話を活用した、外国語が話せる医師による遠隔医療相談サービス。
利用者は専用のアプリを使い、母国語に対応可能な医師を検索。画面の向こうの医師とコミュニケーションをすることができる。1回の利用料は4,000円で、スマホやタブレットがあれば、どこにいても医師に相談できる。
質疑応答では、対面で医療行為を行うことができない点をどうカバーするのか審査員から疑問の声があがったが、将来的にはDoc Travel専用のクリニック開設を視野に入れるなどの対応策が示された。また、診療の空き時間に対応できることから、医師の柔軟な勤務が可能になるだろうと副次的な強みもアピールした。外国人に「日本はいつでも医師と相談できるから安心」と評価される日本を目指し、事業化を進める。
社会人部門
チーム・アラジンケア「IoTを活用したインスリン療法」
糖尿病患者の自宅に、廃棄容器一体型の通信デバイスを設置。容器の重量変化によってアドヒアランスを判断するというサービスだ。商品交換やポイント還元を行うなどして、アドヒアランスを守ってもらいやすい工夫を検討している。
チーム・スマートCL「スマートコンタクトレンズを用いた緑内障治療」
緑内障患者の治療をコンタクトレンズで行う。レンズ内に眼圧測定システムを搭載、またこのコンタクトレンズは、内部ポリマーから薬剤を出すといった機能も持たせる。患者は専用のスマホアプリを連動させることで、1日の眼圧変化をグラフで確認することが可能だ。医師との情報共有もしやすくなる。
株式会社O:(オー)「体内時計の可視化で、睡眠を改善するサービス」
「自分の時間に回帰しよう」というキャッチコピーを掲げ、デバイスで体内時計を計測、アプリで生活習慣のコーチングを行うサービス。企業での導入を狙い、従業員のセルフケアに貢献することが期待できる。この直前に開催された、経済産業省主催「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2017」では優秀賞を受賞し、三菱総合研究所と共同で実証実験も開始している。
社会人部門最優秀賞は、「チップを歯につけて減塩」
社会人部門の最優秀賞に選ばれたのは、チーム「L Taste」。美味しく減塩することができる新技術「ソルトチップ」を開発した。
食塩の取り過ぎが高血圧、心疾患、腎疾患等の原因となることは多くの人々が問題意識を持っているが、「料理が美味しくない」といった理由により、減塩療法を継続する難しさは、医療現場において切実な問題となっている。
この課題に対し、慶応義塾大学大学院 理工学研究科 総合デザイン工学専攻 博士課程の東和彦氏を代表とするチームは、歯の裏側にシート状のチップを粘着させて塩分を摂取することができる新しい減塩技術を開発することで解決を目指した。厚さ約2mmのシートに含まれる塩化ナトリウムの量は0.07g程度。口の中で塩味が約6分間放出されるため、減塩食であっても美味しく食べることができるという仕組みだ。このチップを利用することで、塩分摂取量を20分の1に抑えることができるという。
現在は試作品の段階だが特許出願済で、2017年3月より病院での臨床試験が始まっている。7月には株式会社を設立し、製品販売開始を計画。ターゲットは減塩療法が必要な患者や、高血圧疾患予備軍だが、「楽しく減塩できるツール」として専用レシピの開発も同時に行われているようだ。
社会人部門賞は「AIを用いた手術室マネジメント」
社会人部門の「Team Epigno」には、協賛の日本マイクロソフト社よりMicrosoft賞が授与された。同チームは、医療従事者の労働環境改善のため、手術室のマネージメントシステムを開発。手術に関連するデータを可視化することで、医療資源配置の最適化を目指すという。チームの志賀卓弥医師は、「販売方法や料金体系など、ビジネスプランがメンタリングによってよりブラッシュアップされた。医療者のマネジメントだけではなく,患者の観点も入れてほしいと御講評いだいたがまさにその通りで,医療の最終目的である患者の視点を忘れずに開発を進めたい。第1回の表彰者となったことで,客観的な評価も頂けたと思う一方で,5年後に「あの企業はどうなった?」とならないよう,事業化に向け開発を加速させたい」と語った。
最優秀賞を受賞した2チームには、賞状のほか、事業化支援金が贈られた。また今後も適宜事業化に向けてのメンタリング、海外視察旅行などの支援も受けられる。
大会の最後には、慶應義塾大学常任理事の國領二郎氏より挨拶があった。「基礎研究の段階から産学連携し、パイプラインを作るべきである。今回、惜しくも受賞を逃したチームも今後はどう成長するか分からない。ぜひ諦めないでほしい」と出場チーム全体にエールを送った。
主催した慶應大学医学部 知財・産業連携タスクフォースでは、今後もコンテストを続け、医学部発ベンチャーを100社創出することを目標のひとつとしている。奇しくも國領氏の発言からでた「パイプライン」の構築は、イノベーションを継続的に起こすためには不可欠だ。慶應義塾大学が日本における医療イノベーションの大きな核となるかは、運営の田澤氏も触れていたように(既報)、コンテスト以外のプログラムの充実にもかかっている。