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地域の社会課題解決のスキームとして、自治体と企業が「連携協定」を締結する動きが全国で広がりつつある。宮崎県と県内の基礎自治体は多くの協定を結んでいることで知られているが、その中でも注目されるのは遠隔診療に関する連携協定だ。2016年6月、日南市は日南市北郷の無医地区において、ポート株式会社のサービス「ポートメディカル」を活用し遠隔診療を展開する協定を締結。続いて同年12月には、同サービスを西米良村全域に導入することも決定された。地域全体で遠隔診療が導入されるのは日本初だ。そしてこの遠隔診療への取り組みの地域的集積が、「電話再診」料以外の、遠隔診療自体の保険収載を後押しするエビデンスの集積へと繋がろうとしている。
現場から旗を立てる
宮崎県内の自治体が動き出したきっかけは、2013年4月、当時33歳の若さで就任した日南市の崎田恭平市長の存在だ。市長は新しい企業誘致のかたちを打ち出そうと「日本一、企業と組みやすい自治体」「日本の前例は日南が創る」をキャッチフレーズに、さまざまな分野で企業と連携協定の締結や協働に乗り出した。特にIT企業との連携には積極的で、就労支援を目的にクラウドワークスやエニタイムズと協働したほか、2016年1月には、当時人材関連やメディア制作等の事業を行なっていたポートとも協定を締結。ポートは市内に事業所を開設することになり、雇用問題をはじめとした市内の課題解決に、ITの力を活用できる環境が整ったのである。
日南市北郷町山仮屋地区と、日南市立中部病院との距離
その直後、日南市北部、中山間部にある北郷町の山仮屋地区と大戸野地区の医療環境は剣が峰に立つ。市中心部から30km余り離れ、最寄りのJR駅からも15km弱離れている両地区は、交通インフラが極めて貧弱、かつ訪問診療に対応できる近隣の診療所もなく、無医地区と指定されていた。宮崎県が主体で他市の病院に月1回の巡回診療を依頼していたが維持できなくなり、平成28年度からは、日南市が主体となって巡回診療を維持するよう要請されたのである。
崎田市長はこの解決に自ら動いた。市への移管に際し、ポートの提供する遠隔診療サービスの活用で対応できないか指示。実施医療機関は関係者の協議の末、市中心部にある日南市立中部病院が担当し、ポートは病院で訪問診療を担当する桐ヶ谷大淳医師(総合診療医/日南市立中部病院 地域医療科内科医長/宮崎大学医学部地域医療・総合診療医学講座助教)へ実務的なサポートを実施することになった。中部病院は両地区へ車で片道50分以上かかり、常勤医師も不足気味であったので、巡回診療体制を構築するにあたって遠隔診療を取り入れることは不可欠ともいえた。
その旗が、集まる目印になる
この遠隔診療事業開始のニュースは県内外に大きく報道されたが、県内で同様の課題を抱える基礎自治体からの問い合わせも多かったという。事業開始を聞きつけ日南市に視察に訪れる自治体も現れた。それが、常勤医師2人、正准看護師11名の診療所で外来、訪問、救急診療のすべてをまかなっている西米良村の関係者だった。導入意向を確認したポート側は、診療所の医師2人、事務長、村長へプレゼンテーション、全国初の自治体全体への導入が決定した。ポート株式会社 医療研究チームの伊藤恭太郎医師は「やはりニーズを持つ自治体からのお声がけが、この領域でスムーズに事業を始めるには大きな要素」と語る。
西米良診療所から最寄りの人口集積地(西都市)の病院までの距離
宮崎県内のこの2つの取り組みは、実施内容にそれぞれ多少の違いがある。日南市北郷地区では、専ら遠隔診療を受ける側に看護師がアテンドする。西米良村では、若年通院者の一部の診療を本人との遠隔診療に置き換えるほか、北郷地区同様の集団遠隔診療、訪問診療を訪問看護と医師による遠隔診療に置き換えるなど、多様な取り組みとなる。ポートとしては、北郷地区も含めたこうした遠隔診療の多様な実例が遠隔診療の効果検討の画期的なデータになり得ると考えている。端緒として、桐ヶ谷医師と同社医療研究チームの園生智弘医師(東京大学救急科学教室)が共同で中部病院の外来患者に大規模アンケートを実施。地域医療においては、高齢患者であっても遠隔医療、テレビ電話診療に対して心理的抵抗が大きいとは限らず、むしろ医療者側因子や、ネット環境・クレジットカード環境等の問題が律速になっていることを浮き彫りにした。この内容は、2017年2月に開催された日本遠隔医療学会のスプリングカンファレンスで演題として採用され、学会誌にも掲載された。
また、厚生労働行政推進調査事業遠隔医療研究班(主任研究者・坂巻哲夫日本遠隔医療学会名誉理事)が取り組む、在宅医療での遠隔診療の価値を実証する多施設前向き臨床研究に中部病院が参加し、ポートメディカルを利用して研究の一部の症例(10症例)を登録している。スプリングカンファレンスではこの多施設参加研究について発表があり、北郷地区で遠隔診療を行なう桐ヶ谷医師も参加した。
エビデンスの力を
桐ヶ谷医師は、参加施設の紹介の中で登壇し「70程度イベントがあったが、急な対応があっても、音声のみと比べ情報が多いので本人、家族とともに医師も安心できる。普段から顔の見える関係であることが遠隔診療を成功に導くと考える」と語った。桐ヶ谷医師は本メディアの取材にも、実際に取り組んでみた実感として「聴診がない以外は実際の対面と違いは感じない※1」とし、「今回の事業は中山間地域だが、離島・へき地ならさらに役立つと感じた。特に今後自分も教鞭を取ることが多くなるので、若手医師を遠隔から支援指導する『DtoD』の部分にも可能性を感じている」とさらなる期待も寄せた。なおこの多施設参加研究には、桐ヶ谷医師が所属する日南市立中部病院を含め計7施設が参加しており、現在も研究は続行中だ。
こうした地域での遠隔医療の事例を地道に積み上げていこうとする取り組みは、政府も当然注視している。2017年3月13日に開催された規制改革推進会議の投資等ワーキンググループの会議(既報)では、遠隔医療の識者、事業者として日本遠隔医療学会の長谷川高志常務理事※2、ポートの春日CEO、同社医療研究チームの園生医師が参加し所見を述べ、厚労省の担当者とも意見をたたかわせた。今後この多施設研究や、その他の先端的研究(既報でご紹介)が提示するであろうエビデンスも同様に注目され、保険収載への大きなマイルストーンになるだろう。九州をはじめとした地域の挑戦が、中央へ届き実際に風を吹かせ、風穴を開けようとしている。
※1 学会のカンファレンスでは、今回の研究全体で電子聴診器を使っていないということが明かされている。
※2 当日は関連団体の日本遠隔医療協会特任上席研究員として参加