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前回までこの企画で紹介した事例で見えてきたもの、それは「課題先進県」という認識からくる自治体や地元産業界の危機感、それがもたらしたイノベーションへの意欲だった。間違いなく、他地域ではまだ見られる「前例主義」「タテ割組織の弊害」を突破しようという機運が見られるし、取材した方々の言葉の端々には、「やるしかない」といった覚悟も感じられた。
では、医療におけるイノベーションの核となるアカデミア、医療者の方々はどうなのか。実はつぶさに見ていると、先端的な研究の事例も九州に集まりつつある。特に、組織あげて取り組もうとしている機関のひとつが佐賀大学医学部だ。2018年度に稼働を目指す、医薬品の販売後の副作用把握と共有、利活用を目的とする医療情報データベース「MID-NET®」基盤整備事業の協力医療機関であるとともに、AMEDのPHR利活用研究事業にも採択、また患者が自身の既住歴や薬の処方歴、検査情報などをスマートフォンのアプリで読みとることができるシステム「Mirca(ミルカ)」を導入するなど、これまでも数々の先行モデルの構築に取り組んでいる。
そして2016年12月に発表されたのが、佐賀大学出身の菅谷氏が経営するIoTプラットフォームのフロントランナー、オプティム社との包括提携だ(既報)。共同で「メディカルイノベーション研究所」を設立し、まずはAIによる眼底画像の診断支援、緊急車両やドクターヘリにおけるスマートグラス活用のモデルを構築していくという。この取り組みや研究所の将来構想など、関係者に幅広く話を伺う機会を得た。
眼底画像をキーに、さまざまな疾患の早期診断を
ーまず、このスキームで取り組む2つの研究について、詳しく教えてください。眼底画像を活用するというアイデアはどのようなきっかけで着想されたのでしょうか。
末岡教授 眼底画像は個人差が大きく、ひとりひとり違います。個人の病態に応じた変化を把握する上で、眼底画像は優れているのではないかというのがひとつの理由です。また、血管病変が関連する病気が増えているという心証が個人的にあったこともひとつです。例えば糖尿病の方は糖尿病網膜症が出ますし、高血圧症が長期化すると、血管の硬化症が眼底に見られるようになります。また今回の研究対象とした緑内障に関しても、視力障害が起こるまえに眼底の変化が出てきます。このように、かなり幅広い疾患の把握に応用できる対象が網膜だったというのもあります。それから、眼底画像を材料にしたこうした研究の先例がなかったというのも動機でした。
眼底読影の技術はもちろん研究者に蓄積されていて、それを客観化するための三次元画像機器といったICTの活用も行なわれています。それらも活用して安定診断に向けた努力は行なわれていますが、やはり個人差がありますし、熟練した専門家の力が必要なんですね。経験の少ない方にも活用していただけるようなシステムを目指そうと以前から考えていて、大学の眼科教授に相談したら、そちらの方からも緑内障の早期診断がしたいという発想をいただき思いが一致したんです。オプティムに相談したところ、半年程度でシステムが組み上がった。スピーディにしていただいたと感じています。
同席した株式会社オプティム 九州エリアセールスマネージャー 江嵜英彦氏 AI(人工知能)を活用した解析では、眼底画像のデータをいかに教師データにするかというところがポイントで、大学からもとになる画像データをいただき、眼科医の先生より教えて頂いた特徴を踏まえて教師データの作成を行っております。解析引き続き教師データ作りにも取り組んでいきます。
ーなるほど、とすれば、いま取り組んでいる中、他の疾患の早期診断への可能性は見えていますか。
末岡教授 眼底画像の読影において重要なポイントは、血管、視神経乳頭、網膜の色調あるいは模様の3つです。例えば糖尿病網膜症の場合は、血管が細くなったり、背景(網膜)に出血が見られます。こうした基本的なポイントを踏まえられるシステムがあれば、疾患によってそのポイントのどこの解析に重きをおくか、どの箇所の特徴を捉えるようにして診断するかを変えていけるし、どんどん水平展開できると考えています。
ーアルゴリズムが構築できてくれば遠隔眼底画像読影も可能になると思いますが、今後の展開をどのように考えていらっしゃいますか。
末岡教授 まずは、眼底画像読影のスキルが不足しているところ、OCT画像機器などの設備がないところでも早期発見ができる、専門家にコンサルトできる仕組みを起ち上げたいですね。これからは地域包括ケアが具体化されていきますから、地域の中で健康管理する、そのためのツールとして使っていただけたらと思います。その方向性であれば、必ずしも保険診療として成立しなくても存在意義があります。
またこの網膜画像解析のプロジェクトに、血流モニタリングのデバイスを組み合わせることも考えています。血管病変を早期に診られるようになるので、いわゆる未病の状態からリスク評価し適切に早期介入するモデルを、地域で作っていけるのではないかと考えています。作るだけではなく検証をしないといけないので、地域の眼科の先生と一緒になって進めていきたいですね。
ー多様な疾患の発症予測や病態確認に活用するための研究なのですね。これからの広がりに期待しています。救急で取り組まれているスマートグラスの活用研究についてはいかがでしょうか。
江嵜氏 こちらをかけて状況を確認しつつ、(両手が空くので)同時に何か書いたり、指示することができます。ただ現場は一刻を争うので、スマートグラスを通じて車内の様子、中で計測している患者さんのバイタルの数値や患者さんの表情、これらが見られるだけでも意義があると考えています。今はタブレットで映していますが、最終的には病院の大きなモニターで映すようにしたい。またグラスではズレる可能性があるので、ゴーグル形式のものも使えないかと考えています。
医療の流れの中それぞれに、ICT/IoT/AIの出番がある。その中心にオプティムがいる
取材時に初めてうかがったが、今回のメディカルイノベーション研究所は、今後既存校舎の一部をオープンラボとして活用する予定で現在工事を進めているという(2017年内の予定)。
末岡教授 オプティムの菅谷社長は本学農学部出身ということで、農学部との取り組み事例は参考にさせていただいておりました。社長とお会いし、私たちの困りごとを解決するために一緒にやっていけると思えたのが(研究所設立の)きっかけです。研究所はひとつの学部、ひとつのプロジェクトにとらわれず、かなり複合的にやっていこうという考えで、その中心にオプティムさんがいらっしゃる。
この組織を起ち上げた思いはここにあります。患者さんが実際に外来に来て、診察を受け、検査し、診断、治療を受け在宅に戻るという、この医療の流れのそれぞれの場面の中に、ICT/IoT/AIの出番があるだろうと。ひとつの場面だけではなく、総合的に見ていこうという思いがあります。当病院で加わってくれる医師は、外科医、腫瘍内科医、放射線診断医、病理診断医と、それぞれの場面で見ていける方々が揃っている。その方々がそれぞれの場面でオプティムさん、または関わる企業と一緒に共創していけると考えています。
江嵜氏 地域企業との連携を行なうことにも価値があると考えています。いろんな企業、佐賀大の他学部の研究者の方とも、今後は連携をして、ICT/IoT/AIの活用したビジネスを創造していきたいと考えています。
佐賀大学とオプティムの包括提携は、研究所に所属する研究者との共同研究を加速させ、今後さらに広がりを見せるだろう。複数の研究者との取り組みが並行して行なわれるようになれば、ICT/IoT/AIの活用を目的とする産学連携ラボの事例においては、先例のない大規模なものとなる。両者が見据える未来は、あえて高層ビルを建てず景観を確保した佐賀の空のように、どこまでも広く青い。